『日本人旅行者タイプ7(T−7)との出会い/旅先で外国人旅行者と出会って、英語が通じて舞い上がる旅行者』

甲板を歩いていると、日本人旅行者・タイプ7を見つけた。
ちょっと見ただけで、僕の分類では「T−7」となる。
T−7の特徴は、おとなしくて、気が弱そうなのだが、頭が悪いくせに変にプライドが高い。
でもそんなこと一目で見てわかるのかな? と、常識のある君は考えたことだろう。
それがすぐにわかるんだね。
というのは、T−7は、外人とピッタリくっついて話をしながら、他の日本人を見下したオーラを発しているからだ。
わかるかな? つまり、「初めて下手な英語を話して外国人と友達になって舞い上がっている日本人旅行者」、これがT−7なんだよ(笑)。
不思議なのだが、こういう旅行者は、前回の燕京号の中でも1人見かけた。
こんども、ほとんど同じような日本人男性が、やはり気の弱そうな、親切そうな白人男性とくっついていた。
どうやらたどたどしく英語をしゃべっているようだ。
海外旅行に出れば外国人と知り合える、と勘違いしている旅行者が多い。
が、それは現代ではほとんど不可能だ。
もちろん、僕が旅に出た20年位前は、個人旅行者自体の数が少なかった。
旅先の名所旧跡、空港、バスターミナル、鉄道駅、安宿で、違った国の人間同士が出会う。
そこで話をして親しくなるということは、もちろん普通のことで、よくあったものだ。
いまでも思い出すのが、バンコクからバングラデシュ航空で飛んで、バングラデシュの首都ダッカのホテルで一泊したとき。
翌日カトマンズ(ネパール)へ入った。
カトマンズの空港に、宿も決めず、ボケーッと空港にいたのは、フランス人の男性と僕だけだった。
互いに不安だったので、一緒に町へ行こうと話し合ったりした。
結局、彼は彼のガイドブックにあったホテルへ向かう。
僕は声をかけてきた客引きの「日本人が泊まってますよ」という話(ウソだった…)に乗って、そう確か「セントラルホテル」というところへ泊まった。
別のホテルに泊まっていても、カトマンズの観光名所は限られている。
また、旅行者がうろつく通りも決まっているので、ほとんど毎日出会ってしまい、すっかり友達になってしまったよ。
でも、現在は、カトマンズには、日本人旅行者がたくさんいて日本人宿に泊まっている。
また、外国人(ここでは欧米人のことだけどね)は外国人同士でまた、決まった彼らの宿があり、彼ら同士で盛り上がっている。
日本人と欧米人は、完全に別の旅をしているので、日本人と欧米人が知り合うことはほとんどない。
しかし、欧米人と知り合えない根本的な理由はまた別にある。
結局、欧米人は、もう日本人に興味を持ってないんだよ(笑)。
だれだって、知り合う価値がない、知り合っても仕方ないと思う人と、話すことなんてないよね。
欧米人にとって、日本人なんか、もうどうでもいいってわけなのさ。
バブルのころまでは、そう僕が世界一周をしていた10年ほど前は、日本の経済力、経済進出に世界中が恐れおののいていた。
だから、ちょっと知的な人は、日本人に対して興味を持っていたものだ。
しかし、その時期、日本のことを深く、面白おかしく、説明できるほど英語力のある日本人はほとんどいなかった。
実際、僕は1987年のケンブリッジ大学英語検定試験特級(CPE)に合格している。
これは、普通の英国人でも合格不可能といわれているくらいメチャ難しい試験だ。
もちろん、日本人の合格者はほとんどいない。
すごい英語の資格試験で、ヨーロッパではとても知られている。
これに合格して、CPEの資格を持っているだけで、世界中で就職先は選り取りみどりだ。
英国にいる日本人語学留学生の間では、CPEは夢の資格、憧れの資格だ。
だから、僕がCPEを持っているというだけで女の子にモテモテ(笑)♪
ロンドン滞在中はポコチンの先が乾く暇がないくらいだった。
ロンドンにいたときは、BBCの海外放送から、(もちろん英語で)日本について話をしてくれないかと、僕に依頼があったくらいだ。
ただそのころは、もう、英語に疲れてしまっていた。
その話は断り、とっととヨーロッパへの旅に出てしまったのだが。
そこで、僕みたいな人間は、何でもかんでも英語で説明できる。
世界中あちらこちらで、出会う人に、感動を与えられる。
僕が話をした欧米人は、みんなこう言ったものだ。
「いやー、そんな話は、生まれてはじめて聞きました、是非もっと聞きたいので、家へ来てくれませんか?」てね。
というのは、僕は、知らないことでも何でも、話せるんだ。
日本的な哲学と想像力を駆使して、すべて無理やりにでも、尾ひれをたくさん付けて、わかりやすく、面白おかしく説明してあげた(笑)。
ま、その、その場その場で頭に浮かんだ僕なりの説明を加える。
そのほとんどは、自分でも正しいかどうか、今でも自信はないけどさ。
日本のバブルは崩壊して、日本の経済力は落ちる一方だ。
また、日本人というものも欧米では研究され尽くしてしまった。
結果、日本人とは、ただの「話の面白くない、個性のない、精神的に未熟な、コツコツ働くだけが取り柄で、セックス大好きな人たち」とのイメージが出来上がってしまっている。
話の面白くない、先が見えている、どうでもいい人間なんか、話す必要はないよね。
しかも、普通の日本人というのは、徹底的に英語がしゃべれないんだしさ。
ところが、欧米人の中にも、普通の欧米人とは付き合えない、欧米社会のオチコボレ、気の弱い人たちが一部存在する。
そういう人たちが、外人でありさえすれば尊敬してくれる、日本人を好きになるわけだ。
日本にいる欧米人の英語教師というのは、正直ほとんどは、欧米ではやっていけないダメ人間だらけだ。
気の弱い、それで日本人なら付き合えるというオタクタイプなんだよ。
そういう英語教師、日本好きな欧米人、欧米人のオチコボレ、というタイプは、欧米人と付き合えないので、日本人と話すのが大好きなんだ。
日本人は英語コンプレックスがあるので、欧米人と話をして友達関係になったことで舞い上がってしまう人たちがいるわけだ。
この、英語コンプレックスがあって英語で欧米人と話をして舞い上がる馬鹿、これがT−7なんだ。
でも、T−7は、本当に英語でコミュニケートできているわけではない。
英語教師が日本人にわかりやすいように、ゆっくりと、簡単な単語で話してくれて、日本人の英語を努力して理解しようとしてくれる。
つまり、英語教師のお情けによって、そのコミュニケーションが成立しているように感じられるだけだ。
でもそんなものは、本当のコミュニケーションではないよ(涙)。
実際、日本に無数にある英語学校の中での英語会話というものは、会話ではない。
なぜって、自分の意見がないんだから。
彼らは何の役にも立たない、ただ形だけの「会話のようなもの」をなぞっているだけだからね。
僕の宝島社新書第三弾「大人の海外個人旅行」には、日本人が英語が出来ないのは、英語で話す内容を持たないからだと、ズバリ書いてある。
これは、実際、ポイントをズバリ突いている。
語学学校の教師、通訳、翻訳家などの語学専門家からは、「その言葉で、もやもやしていたものが、やっとスッキリしました!」と、感動のお言葉が届いている。
ただ、あまりに本当のことをズバズバ書きすぎて、普通の人が「大人の海外個人旅行」を読むと、心に痛みを感じるようなんだよね(笑)。
だって、もちろん、「大人の海外個人旅行」には、英語の問題だけではなくて、セックス論も、人生論も書いてあるんだから。
「大人の海外個人旅行」の内容は、読んだ人の人生をすべてひっくり返し、否定するようなものなのだから、読んで怒るひともずいぶんいるようだ。
そのせいか、「大人の海外個人旅行」は、初版がまだ売り切れていない。
でも、売れ切っていないのは、この本が、あまりに真実を描きすぎたからなだ。
本のレベルが高すぎて、一般大衆が今はまだ、ついてこれないってだけなんだよ。
でも、あと数年すれば、必ず、僕の本についてこれるように、日本人自体が変化することになるだろう。
というか、現実に目をつぶっておとぎ話の中に生きてきた日本人が、現実の中に放り込まれて、いやおうなしに僕の正しさを認めざるを得なくなるだろうってことなんだけどさ。
それはそれとして、この外人と英語で話せたことに舞い上がっている日本人の特徴は、他の日本人と付き合わないってことだ。
僕が外人と知り合って、いろいろ話をしたら、別の日本人に紹介して、話を広げようと思うけどさ。
T−7は、そんなことはしない。
というのは、彼の中では、英語をしゃべって外国人(欧米人)と付き合ったってことは、人には分けることの出来ない、とても大切なことなんだからさ。
でも、外国人は、別にその日本人と付き合う義理はないので、飽きたら放り出されてしまう。
これって、日本と米国の関係に似ていないかな(笑)。
さて甲板をさらに歩いて、もうたいして特徴のある人間はいないので、僕は昼食を食べて部屋に戻り、昼寝をしてしまった。
そして、夕食の時間に、セルフサービスのレストランで選んだ食事のトレイを持って、面白そうな人間はいないかなと捜す。
すると、そこに、なんとなく頭のよさそうな若者が1人でいるのを見つけた。
「ここいいですかー?」と、テーブルの向かい側に座り、ちょっと話をする。
すると、彼は、某国立大学の医学部の学生だという。
ふーむ、医者の卵か。
それなら、説経する価値はあるかもしれない。
というわけで、最初の説経が始まることとなるが、それは、次のお楽しみ。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20090303
(「世界旅行者・海外説教旅」019)