チュニスの天才旅行者2 《旅に出る理由》

イギリスの冬の寒さを逃れて、僕はスペインのバルセロナへとたどり着き、ここでしばらくスペイン語学校に通っていた。
そこでいっしょだった日本人商社マンの美人妻とのドラマチックな恋愛も、明け方のランブラス通りでの熱い抱擁と、日本での再会の約束で終わった。

もちろん再会の約束は信じていないのだが、男は最後まで信じたふりをするのが恋愛のルールだ。
女を乗せた小さなタクシーが、カタロニア広場の角を右へ曲がってその姿を消すと、僕の心はもう別のことを考え始めていた。

『アンダルシア、それからアフリカへと、できるだけ長い旅に出よう…』
女と別れた悲しみを心に抱いたまま、昨日と同じ街角を、昨日までと同じように歩くことは、もうできない。

もちろんこんな気持ちが突然浮かぶはずはない。
後で振り返って考えてみると、これは、旅に出る言い訳をずっと前から捜していたせいなのだ。 

普通は、人が長い旅に出るには『理由』が必要だ。
長期旅行をしていろんな人と話しをすると、みんながそれぞれ人を納得させるような理由を持っているのに気づく。

まずよくある話は、学生のものだ。

『学生ですから、青春の思い出に一年休学して世界を回るんです』
これは、ありふれた学生の、ありふれた長期旅行者の、ありふれた理由だ。

卒業旅行の場合も、文科系で単位を早く取ってしまい、就職もすでに決まっている場合は、(特に、売り手市場の時期に、有名大学生で会社の人事担当者を納得させられれば)4年生の時期に、まるまる一年間も旅する学生も以前は少なくなかった。

もちろん、就職先のリクルート担当者には『就職して頑張りたいので、もっと外国語を勉強してきます』とか、『○○国の文化に興味があるので、しばらく住んでみたいのです。就職しても、いつか役立つと思いますし。仕事を始めるとまとまった勉強ができませんからね』とか、もっともらしいことを言うわけだ。

しかし、誰でも知っていることだが、『就職して頑張る』ために長期旅行に出るやつはいない。
じつは『就職したくなくて、学生のまま、ずーっとぐーたらしていたいのだが、しかたないから最後に思いっきり遊んでおこう』と考えているだけなのだ。

こういう学生旅行者の旅は失敗した方がいいことは誰にでもわかるだろう。

初めて一人で長期旅行に出て、旅先で言葉も通じず、だまされ、盗まれ、いじめられ、ばかにされて、海外の悪い汚い醜いところばかりを見るのがいい。
すると、『もう海外旅行はこりごりだ。外国人は信用できない。日本人が一番だ。日本人といつも一緒にいたい。日本の生活が自分に合っている。日本の会社に勤めるのが最高だ。一人で旅行するのはいやだから、いつも仲間と一緒に団体旅行をしたいものだ。それには会社べったりで行くのが良い』と信じる、立派な高性能の企業戦士ができ上がる。

ところが変に旅が好きになったら大変だ。
海外でいろんな人のいろんな生き方に出会って、最悪の場合には本気で自分の生き方を考え出したりする。

でも、自分の生き方などは自分でいくら考えてもわからない。
だからいつまでも考え続けることになる。
誰だって、こんな人間が日本社会に適応して、立派な企業戦士として、滅私奉公して過労死するのは無理だとわかるだろう。

結果的には、途中で何か理由を作って会社を辞めて、また旅に出ることになる。
まあ、もっと気のきいた学生は就職までの予定を無視して、日本に帰らずに、そのまま海外に居ついたり、海外を放浪し始めたりするのだが。

僕は数限りなくこのタイプの学生に出会ったが、一流大学の学生はさすがにいろいろなことを考えているもので、教えられることも多かった。
もちろん僕は、こういう日本人としての正しい道を踏みはずしかけている旅行者には、親切にアドバイスをしてあげることにしていた。

『会社に勤めるのが一番だよ。忘年会も送別会も社内運動会も、楽しいことがいっぱいあって、きれいなOLと社内恋愛もできるし、何も考えずに一生を送れるのだから』

すると、一流大学の学生は頭がいいので、僕のアドバイスにしたがって日本に戻って卒業をして、一流会社に就職することになるのだ。

さて、近頃出現した迷惑なのが、三流大学の学生である。
(これは次回に話そう、でも、怒らないでね!)