チュニスの天才旅行者5  《僕は高倉健じゃない》
アルジェリアからは、砂漠を歩いて国境を越えて、チュニジアへ入り、ジェルバ島のビーチでひと泳ぎしたあと、チュニスにやってきた。
一応北アフリカのマグレブ三国を横断したわけだ。

チュニスの安宿に腰を落ち着ける。
ここでちょっと考えなければならないことがあった。

これからどう進もうか?

地中海の海岸線をのどかに走る郊外電車に乗ってカルタゴの遺跡を見物したりしながら、次にとるべき道を考えていた。

北アフリカを西から東へ、モロッコ、アルジェリア、チュニジアと来たのだから、そのまま東へ陸路で進んでリビアへ、さらにエジプトへと抜けるのが自然の流れだろう。
しかし、リビアへ行くからにはカダフィ大佐に会わなければ、話にならない。
ただ大佐も最近ちょっと忙しいと言ってたので、僕が突然会いに行っても、迷惑かもしれないし…。
大佐と話をしているときに、米軍の爆撃にあう恐れもある。

もしリビアへ行かないなら、チュニジアからはイタリアへ行くのがありふれたコースだ。
もちろん、ひとっ飛びで、一気にエジプトやギリシアへ向かってもいいが…。

僕はイギリスの冬を避けるという目的でイギリスを離れていた。
この頃までは、イギリスで受けた、普通の日本人はいくら勉強してもほとんど合格しない、英語能力だけではなくて、本質的に頭が良くなくては何年かかっても合格は無理、という噂の「ケンブリッジ大学英語検定試験特級(CPE)」の結果を確認して、日本へとっとと帰るつもりだった(ちなみに、当然、僕は合格した)。

まあ「せっかくだから、ついでにちょっと観光地を見ておいてもいいかなー(パフ、パフー)」とは考えていたが、このまま世界一周をする運命だとは、夢にも思っていなかったのだ。

アメリカのビザはバルセロナで取っていた。
これは、『日本人はロンドンでアメリカのビザが取れない』との噂を耳にしていたからで、まだアメリカ経由で日本に戻るかどうかも決めてはいなかった。
でもバルセロナで親しくなった日本レストラン『小雪』のマスターが『エジプトへは一生に一度は行っておいた方がいいよ。ピラミッドは絶対見るべきだね』とアドバイスをくれたので、これだけは押さえておかなければならないという気持ちはあった。

しかし、ロンドンの試験結果の発表も迫っていることだし、この時はエジプトへは寄らず、イタリアへ行くことにした。

さて、チュニジアとイタリアの間には地中海がある。
だから、イタリアまで陸路で行けないかというと、もちろん行けないことはない。
地中海岸沿いをリビア、エジプト、ヨルダン、シリア、トルコと伝って、ボスボラス海峡を橋で渡り、バルカン半島経由でぐるんと大回りすれば、ごく簡単に行けるのだが、これではまた別の旅行になってしまう。

そこで次に考えることは、地中海を船でイタリアへ行くことだ。
チュニスからの海路には大きく2つのルートがある。
イタリア半島の付け根『ジェノバ』またはシチリア島の『パレルモ』へ渡る船が出ているのだ。
飛行機でももちろん行けるが、旅行者は基本的に『出来るだけ飛行機を使わない』のだから、なるべくなら船に乗りたい。

しかし、僕は旅行の常識を破って飛行機を使うことにした。
実はこの時期に僕がここからイタリアへ渡るには、非常に重大な秘密の理由があったからだ。

それはモロッコのマラケシュでの、あるひとりの信頼できる旅行者の情報から始まる。

『ローマのスペイン階段には卒業旅行の日本人女子大生がびっしり座っていて、胸に番号札を付けている。気に入った女の子の番号を言えば、どこへでもついてくる。ローマにいる男はぽこちんの先っぽが乾く暇がなくて水虫になっている』という、いかにも真実味のある、もっともらしい話を聞いたのだ。
この話をしてくれたのは、国籍は日本人だが、米空軍の将校の制服を着た、何でもアルバイトにCIAとKGBの仕事をしているという身元の確かなすごい人だったが…。

日本にいてこのスペイン階段にいる日本人女子大生の話を聞いたとすると、いくら『生まれてから今まで一回も嘘をついたことがない』と自称する『世界旅行者』の話でも怪しいと思うだろう。
しかし、最近の『ローマ女子大生6人レイプ事件』でこれが実証された。

このことがあってから、僕を『世界旅行者』ではなく『ノストラダムスの再来』と呼ぶ人も出てきたようだ。

日本のダサーい女の子は信じられないかもしれないが、僕はバルセロナでスペイン語の勉強はせずに、可愛い人妻とフランス映画に出てくるような大恋愛をしていた。
スペイン語学校では、僕が学校を辞める時に、クラスのスウェーデン人女子大生が涙を流してすがりついたまま離れなかった、というくらいモテた。
ツアーでスペインにやってきた日本人の女3人に、無理矢理ホテルに連れ込まれて、危うく強姦されそうになったくらいセクシーな中年男なのだ。

このすっかり身についた国際的に有効な、スペイン風の恋愛テクニックを使えば、日本では金をもらわないとSEXしない(金さえ払えば誰とでも寝る)日本人女子大生なんか、金を払わなくても簡単にくどけるはずだ。

タダでいっぱい出来る!

実はこれが僕がローマへ行く、人には言えないちょっぴり恥ずかしい、ないしょの理由なのだ。
だから卒業旅行の時期が終わって女子大生がいなくなればローマに行く意味がない。
そして現在は3月25日。
女子学生がどんどん日本へ戻りつつある時期だ。

ロマンチックな恋愛を期待して旅行に出た日本人女子大生諸君は『誰でもいいからとにかく一発やらないと、何のために高い金を払って旅行に出たのかわからないわ!』と、コンドームを咥えて、焦りまくっている、とってもおいしい時期だ。

僕がイタリアへと格好よく船旅を気取るのはいいが、ローマに着いて女がいないのでは、これは何のために旅行しているのかわからない。

とっても間抜けな話だ。

このように『地中海のロマンチックな船旅』と『ローマのムレムレ女子大生』を秤にかければ、誰が考えても『ムレムレ』が大切だ。
それには一刻も早くローマに行く方が有利で、それには飛行機でひとっ飛びしなけばならない。
この論理で僕が飛行機を使うことは理論的に成立するだろう。

というわけで、僕はチュニスの中心部の大通り『ハビブブルギバ通り』に面した旅行代理店『チュニジアントラベルサービス』で航空券の値段を調べていた。
この時期、チュニスからローマまでが104TD、アテネまで198TD、カイロまで228TDだとか。
旅行代理店の、変に調子のいい若い男性社員は『ISIC(国際学生証)があれば年齢に関係なく、さらに20パーセント割り引きます』という。

僕が学生じゃないのに学生証を持っているのは、もうみんなも知っているだろう。
これが本物の長期旅行者の常識なのだからね。
しかし、ところによっては学生証の使用に年齢制限があるので、確かめないとぬか喜びをする事になる。
僕は『どうも怪しいが、まあどうせもう2つばかり別のエージェントを当たって確かめるのだから聞くだけ聞いておこう』と愛想よく喜んだ振りをして、適当な世間話をしていた。

カウンターの横にいた女の子が『ひょっとして、あなたが高倉健ですか?』と僕に聞いてくる。
この時期にパリダカールラリーを題材にした日本映画の撮影をやっていて、主演の高倉健のことがニュースで報道されたのだとか。
『似てるからみんなそういうけれど、違うよ。ちょっとした関係はあるけどね(同じ日本人だもの、関係はあるさ)』と思わせ振りなことを言って、ついでに映画の話をする。

実際、アルジェリアとチュニジアの国境近くのオアシス都市トズールで、この映画の撮影隊と会い、名取裕子とじっくりと話をしたことがあるので、まんざら嘘ではない(これに関しては『かなだらいを担いで国境を越えて、名取裕子を口説く』という旅行記がある)。

せっかくだから映画のストーリーを詳しく説明してあげた。
もちろん、ストーリーについてはまったく知らない。
そこで外人にもウケるように、パリダカールラリーを題材にした日本映画ということを考慮して、ラリーに忍者や侍も勝手に出演させ、高倉健は砂漠でハラキリをする話にした。

この話は大いにウケた。

映画の話をしていると、店の奥から出てきた社長が『私も日本映画は大好きだよ。とくにブルースリーがいいねぇ!』と、さらに盛り上がる。

そこに『ドーユーテレフォーンミー』などという理解不能な大声が入口の方向から聞こえる。