チュニスの天才旅行者7 《最強タイプの旅行者》
それにもう一つ本質的なことがある。
実は、自分一人の力では旅行出来ない。
旅行するということは誰かの世話になり、誰かに助けられて初めて可能になることなのだ。
つまり、上手な旅行者とは人の助けを上手に借りている人なのだ。
そこで人が助けたくなる旅行者とはなにかといえば、基本的には人格が立派だと言うことだろう。
見るからにとてもまじめできちんとした人が困っていたら、誰だって親切にしてあげたくなるに決まっている。
これは世界中どこでも同じだ。
特に、頼りなさそうな女の子が困っていれば誰だって助けてあげたくなる。
うまく行けば一発やらせてくれるかも知れないのだしね。

だから、女の子の書く旅行記ぐらい安易な出版物はない。
親切な人がいっぱいいて、よってたかって、みんなが助けてくれるからだ。

このパターンの『旅で出会う人はみんな親切!私は旅ではじめて人間の優しさを知りました。だから私はまた旅に出ます。日本人の失った、人の本当の姿をさがしに…』という、馬鹿馬鹿しくも涙なくしては読めない『日本では一度もモテたことのないブス』が書く旅行記も世の中にはあふれている。

モテない編集者に一発やらせれば、すぐに一冊出してもらえるというわけだ。
なんの特徴もないありふれた旅行記を、たかが一か月程度旅行しただけで出版する女の話は良くあるのだが、これは出版社の担当者と著者がセックスした証拠だ。
読者は著者のコンプレックスを想像しながら読むと2倍楽しめる。

さて、僕の場合はいくらぼろぼろの格好をしていても、人を見るのが商売の入国審査官からは僕の素晴らしい人格が一目瞭然なので入国に問題はない。
また、しゃべる英語やフランス語やスペイン語が非常にキチッとしているので、言葉を聞きさえすれば誰でも僕が知的だと分かる。

あちこちの日本大使館や領事館へぼろぼろの格好で行っても、僕の話し方を聞きさえすれば、役人は『このおっさんは一流大学を出ていて高級官僚の友達もいるな。下手な扱いをすると問題にされるかもしれない…』と敏感に気付くので、僕に対する扱いは非常にいい。

また、いざとなれば一流ホテルへ飛び込んでコンシェルジェを堂々とこき使うことが出来るのも、もともと一流ホテルと僕の雰囲気が違和感なく結びつくと言うことなんだ。

しかし、もちろんこれよりもっとすごい旅行者が存在する。
それが、とことん能力がなくて、目をそらしているとすぐに行方不明になってしまう、人が助けなければすぐに死んでしまうような『頼りなーい』人間だ。

東堂君はこの最強のタイプの旅行者だったのだ!

彼がタマンラセトへ行った話を聞くと、そのすごさがわかった。
僕が飛行機で飛ぼうとしていろいろ探し回ったあげく、予約が2週間先まで満杯という情報を手に入れてあきらめた飛行機に、彼は乗っているのだ。

まだこの頃は、良くいる旅行自慢の落ちこぼれだった僕は、自分の旅行経験を鼻にかけて、自分をたいそうなものだと信じていた。
たった50か国程度の旅行経験と、今回の連続1年程度の旅行で自分を旅のベテランだと思いこんでいたのだ。

つまり、ただの馬鹿だった。

だから、僕より知的レベルも旅行経験も落ちる人間が自分のあきらめたところに簡単に行ったという事実を認めたくなかった。
でも、彼は確かにそこを訪れたのだ。
自分より格上の旅行者がいることを認めたくなかった僕は、彼の旅行についてしつこく質問して、何とか矛盾を発見しようとした。
彼が飛行機でサハラ砂漠の町タマンラセトへ行けたのはこうだ。

彼はどこで飛行機の切符を買ったらいいか、予約をどうしたらいいか、何にもわからないので、とにかく空港へ行こうと考えた。
空港への行き方もわからないので、ホテルで『エアプレーン』と言ったが、アルジェリアでは英語が通じない。
そこで、手を広げて飛行機のまねをして、『ブーン』と大声を出しながら、ロビーをぐるぐる走り回った。
すると、フロント係は「飛行場へ行きたいんですね!」と日本語で叫んで(ちなみに彼は熊本大学へ留学していたそうだ)、タクシーを呼んでくれて、飛行場に行くように話してくれたというのだ。

これは僕も似た経験がある。
インド旅行中、ニューデリーからジャイプールまでのバスに乗った時、到着時間を午前5時と知らされていたが、午前2時頃にそれらしいところに着いた。
僕はほとんど寝ていたが、何となく気になって、それから30分ほどして、乗っていたスチュワードに『ジャイプールはまだでっしゃろ』と、確認したら、彼は大慌てで、僕をバスから降ろして、あっさり走り去った。

ジャイプールを通り過ぎていたのだ…。

降ろされたところは、道路に遮断機が下りていたので、検問所なのだろう。
まわりにはトラック野郎相手の屋台が、深夜だというのににぎやかに明かりをつけて営業をしていた。
ぼーっとした僕は、とにかくジャイプールに戻らなければと焦って、警察官に『ジャイプールに戻りたいんだ』と相談を持ちかけた。
警官は、親切に、止まっていたトラックの運転手に交渉してくれた。
いくらだったか忘れたが、お金を払うことでジャイプールへ行く話になった。
運転手は英語が話せない。
ジャイプールの町へ入って、話しかけてきたが、どうやらどこへ行くのかと聞いている様子だった。
そこで、僕は蒸気機関車のまねをして、『しゅっしゅぽっぽー、しゅっぽっぽー!』と叫んだ。
ついでに『ぴー、ぴー』と汽笛のまねまでした。
運転手と助手は大喜びして、一緒に『しゅっぽ、しゅっぽ』『ぴー、ぴー』と大騒ぎをした。
まあ、それで無事にジャイプール駅に降ろしてもらえて、僕は駅の中でホームレスのインド人の中に混じって寝たものだ。
このように、物真似上手も旅行のテクニックのひとつだ。

彼の場合は、ホテルの人間が飛行場へと話をつけていたらしく、『エアプレーン』としゃべって手を広げて飛行機の格好をしただけで、タクシーの運転手は空港へ送ってくれた。

空港へ着いても、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
それで、ぼけーっとしたまま、口をあんぐりと開けて、3時間ほど立っていた。
すると、どこかへ報告が行ったらしく、ちょっと偉そうな職員が声をかけてくれた。
何を言われても言葉が分からないので『タマンラセト』『タマンラセト』と繰り返し言って、また飛行機の物まねをしていたら、飛行機に連れていって乗せてくれた、との話だ。
彼は自分では何も行動せずに目的のものを手に入れてしまったのだ!

確かにこんな頼りなさそうな人間をほうっておいて何か問題でも起これば、知り合った人間は自責の念を持ってしまうだろう。
自分しか助けるものがいないとなれば、どうしても助けてあげなければならないという強迫観念もでるだろう。

僕もなぜか『この学生のために飛行機の予約をしてあげなければいけない。僕が助けなければ彼一人ではどうにかなってしまう』という責任感を持ってしまった。