チュニスの天才旅行者9 《イタリア英語との戦い》
東堂くんを連れて、国際電話がかけられると聞いた中央郵便局の、どっしりとした古めかしい建物へはいった。

国際電話は、それまでもあちこちからかけたことがあった。
海外から日本へ国際電話をかける場合の問題点は、電話代が高いので、コインを使う街角の公衆電話からはかけにくいところだ。
だから、テレフォンカードを使ってパリやロンドンの公衆電話から東京へかけた以外は、ほとんど郵便局や電話局を利用した。
スペインのバルセロナやセビリヤから旅行保険の請求のために国際電話をした時も、まずその町の中央郵便局を捜したものだ。
スペインの場合は、係員にかけたい電話番号を申し込み用紙に書いて渡して、指定された電話ブースの中で待つと電話がかかり、終了後に窓口で支払をするという形だった。
これだとコインを持ってなくても安心して電話がかけられる。

チュニスもそうなのだろうと思っていたところ、チュニスの中央郵便局では、自動式の電話のブースが一方の壁にずらりと並んでいた。
普通にコインをいれて直接、相手の番号をダイアルすればいいらしい。
これは便利だが、コインがどれだけ必要なのか、わからないのが問題だ。
チュニスからローマまでは地中海をちょっと隔てているだけなので、国際電話といっても案外安いのかもしれないが、たくさんのコインが必要なのは確かだ。
電話に必要なコインは、中央郵便局の窓口で両替してくれた。
コインを手にして東堂君とブースに入り、ローマのシンガポール航空のオフィスに電話をかける。

英語で話しかけると、イタリア訛の英語がイタリア女から返ってきた。
できるだけ手短に話をつけてしまいたいので、『こちらはチュニスから国際電話している』と、まず初めに念を押す。

『出来るだけ早く大阪へ帰りたい』というと、3月中は満席だが、驚いたことに4月4日と9日の便があるという返事だ。
東堂君に『4日なら間に合うね!』と確認して、2人で喜び、『それでは4月4日の予約をします』と答えた。
何でも直接ぶつかってみれば何とかなるものだよ。
『ローマからシンガポールの予約が入りました』と返事が戻る。
おいおい、シンガポールから大阪はどうなんだい?
ここが問題なんだからさ。

それを聞くと、あっさり『シンガポール〜大阪は満席』との返事だ。
いいかげんだ。
どうしても7日に大阪にいなければならないので、シンガポールから大阪へ6日までの飛行機の空きがないかどうか質問する。
すると9日の便があるという返事が戻ってきた。

9日の便だと大阪まで乗り継げるのだとか。
しかし、これでは東堂君の履修届けの提出に間に合わず、役に立たない。
9日では遅過ぎるので、4日の便でシンガポールまで飛んで、シンガポールでキャンセル待ちするしかないだろう。
これを彼と話し合っているうちにコインが全部落ちて、電話が切れてしまった。

東堂君が郵便局の窓口に走り、おおげさな、身ぶり手ぶりで説明してコインを手に入れて、電話ブースまで走ってくる。
電話をかける前に、東堂君の考えを確かめる。
『シンガポールまで行けば何とかなりまんがな。シンガポール航空のカウンターの前で野宿をしてもよろしゅおまっさかい。カウンターの姉ちゃんに頼めば何とかなりまっしゃろ。ワテも大阪商人でおます!』と、きっぱり決意を語る。

そこで、また電話をかけた。
同じ女が出てきたので、話は早い。
4月4日のローマ〜シンガポールの予約を入れ、乗り継ぎの大阪便のウェイティングリストに名前を載せてもらうことにする。
4日と言っているのに『フィフス(5日)?』とイタリア女は聞き返してくる。
『5日の便もあるの?』と聞くと『5日にはフライトがない』というふざけた返事。
どうやらからかわれているようだ。
『5日じゃない。4日だ。ワン、ツー、スリー、フォー』と大声で電話機に叫ぶと、ローマからは『ファイブ!』と言う声と一緒にわっと数人の笑い声が聞こえる。

完全に遊ばれている。
頭に血が上った。
コインがまた足りなくなりそうだ。
僕は変に焦ってしまって、どっと冷や汗が出た。

東堂君はまた窓口へ走り『コイン!コイン!』と大騒ぎするので、郵便局中の目がこちらを向く。

しかし、東堂君は大騒ぎをしている割りに、本気で焦ってはいないようだ。
結構楽しんでいるようにも見える。

東堂君からコインを受け取って、話を続け、ローマからシンガポールの4日の予約を入れ、乗り継ぎのシンガポールから大阪へのウエイティングリストに名前を載せた。
何とかこれで用件は済んだ。

電話を切ると、どっと疲れが出た。

中央郵便局を出て、北アフリカの強烈な日差しを受けると、くらくらっとめまいがしてしまった。