みどくつ中米旅行記から 『キリグア遺跡で神の言葉を聞く』
(通貨単位のQはケツァル、このころ1Q=50円)

《旅は計画通りにはいかないのさ》

一日で国境を越えてホンジュラスのコパンまで行って、今朝出たチキムラへ戻った。
宿も同じ『ウエスペーデ・リオホルダン』だ。
宿のおやじがいやに喜んで、シャワートイレ付の立派な部屋に泊めてくれた。
値段は6Qで、昨日泊まったぼろぼろのベッドしかない部屋より1Qも安い。
なぜなのか分からないが、すっごく嬉しいな。

いい部屋に安く泊まれたのは、コパンの遺跡で祈ったせいかもしれない。
それとも、おやじさんに初孫でも生まれたのかもしれない。
ひょっとしたら、昨晩久しぶりにおやじさんのぽこちんが勃起して、10年ぶりにSEXできたのかもしれない。
しかし、旅人はそれをいろいろ詮索せずに、ただ有難くその厚意を受けるものだ。
結局それは神の定めた事なのだから。

さて、最初の計画通りに、一日でホンジュラスに入り、またグアテマラへと戻ってきた。
だったら最初からホテルをチェックアウトしなければいいじゃないかと考える読者もいるだろう。
君はなかなか賢い。
しかしこれで君が童貞か処女だと分かるのだ。
きっと『ホットドッグプレス』や『アンアン』のSEX記事を読んで勉強して、セックスが分かった気になっているのだと思う。

実は本物の世の中は、本や雑誌に書いてあるように計画通りには決して行かない。

デートの前の晩から『まず左の耳たぶをなめて息を吹き込む』なんて計画して、「南極2号」で練習していても、君が女の子の耳をなめる前に、処女のはずの女の子が君のぽこちんをあっさりくわえてしまうのも、現代日本では決して珍しい事ではない。
それなのに流れにまかせて体を移動させて、自然に69に移行せずに、あくまでも最初の計画通りに耳たぶをなめようとするようでは、女の子に嫌われてしまう。
これは男の場合だ。

女性の読者のために、特に女性用の別の例を挙げておこう。
例えば女の子が『高価なレースの下着で挑発して』と計画して用意していっても、ホテルの部屋に入ったとたんに男が興奮してしまい、パンティを見もせずに、服を着たままなのにパンティだけさっと脱がされて、あれーっというまにズッポリと挿入されてしまう事だってよくあるよね。
この場合も計画通りにはいかなかった。
でも、すっごく気持ちよかった…。

なにがあっても、気持ちよければそれでいいじゃないか。
これが世の中なのだ。

旅行についてもまったく同じ事が言える。
コパンの遺跡に日帰りするつもりでも、そう計画通りに進むとは限らない。
コパンにもう一日いたくなるかもしれないし、面白い旅人に出会うかも知れない。
一緒に国境を越えた川田さん夫妻の迷惑もかえりみず、一緒にエルサルバドルまで足を伸ばす気になるかも知れない。
だから、旅行では必ず自分の荷物は自分で持っておかなければならない。

この長期旅行のきっかけとなったのは、僕がロンドンからパリへとドーバーを渡った時だ。
最初はすぐにもう一度ロンドンへ戻ってくるつもりだった。
それでビクトリアステーションの荷物預かり所に大きな荷物を預けておこうかどうかずいぶん迷ったものだ。
迷った末、結局荷物は預けずに、そのまま自分で持ってパリ行きのバスに乗った。
で、実際はその後パリからロンドンへは戻らずにスペインのマドリッドへと向かい、さらにそのまま北アフリカへと足を伸ばしてしまった。
北アフリカからイタリアへ入り、ヨーロッパを旅行してしまったので、結局、ロンドンへ戻ったのは4か月後になってしまった。
もしずーっと4ヶ月も荷物を預け放しにしておいたら、ずいぶんと料金がかかった事だろう。

また、これから向かうことになる南米ボリビアの首都ラパスで出会った若者は『南米は危ないのでT/Cの半分はリマの親戚のところに預けて』いた。
それで手持ちの金が少なくて、チリへと進めなかったのだ。

旅では何が起こるのか分からないのだから、たとえ戻ってくる予定でも、荷物は身につけて置いた方がいいし、ホテルはチェックアウトしておいた方がいいのだ。
僕の場合も一度チェックアウトしたからいい部屋ももらえたのだしね。

 

《キリグア遺跡へ行くには理由があるのさ》

前日に3人で食事をとった同じ中華料理屋に行って、一人で焼きそばとビールを飲む。
その夜は疲れていたのか、部屋に帰るとあっという間に眠ってしまった。

翌日はまた朝5時頃に目が覚める。
今日は国境を越える緊張感で起きたのではない。
ホテルの中庭に停めてあった4WDが動き出した騒音のせいだ。
でも、早く起きるのは悪いわけではない。
今日はこのままアンティグアに戻るのではない。実はキリグアの遺跡へ向かうのだ。

さて、キリグア遺跡とは何だろう?
また、わざわざ訪ねる意味があるところなのだろうか?

この遺跡はチキムラからカリブ海に面した港町プエルトバリオスへ行く途中にある。
コパンに比べれば名前は知られていないし規模も小さいらしい。

例えていえばメキシコ、オアハカのミトラ遺跡みたいなものかもしれない。
ミトラ遺跡は有名な山頂遺跡のモンテアルバンの影にかくれて目立たない。
行けばなかなか面白い遺跡だと分かるが、ミトラの遺跡を見るためだけに、メキシコDFからオアハカまで、わざわざ10時間もバスに乗ったりはしないだろう。

この場合もそうで、わざわざキリグア遺跡だけを見に長い時間をかけて来ることはしないが、チキムラからキリグアの遺跡まではバスで2時間と近いのだ。
今は日曜の朝だから午前中に遺跡を見るにはちょうどいい。

キリグアからはアンティグアまでグアテマラシティ乗り換えでたった7時間程度バスに乗れば帰れるのだ。
日曜日にあんまり早くアンティグアへ戻っても何もする事がないしね。

しかしここで『近くにいるからキリグアの遺跡に行く』という理由は何かおかしいな?
『世界旅行者』ならばもっと何か深い理由があるはずだ、と思う読者もいるだろう。
君は僕の奥深い性格をちょっと分かってきたようだ。
そのとおり、ここに行かなければならない特別な意味が実はある。

それはアンティグアの僕の宿『オテル・プラシード』の、ある静かな朝に戻る。

その朝もいつものように部屋を出ると、タオルと石鹸かみそりの入った小さなバッグを持って、階下にある大きなバスルームでシャワーを浴びようとした。
前にも言ったが、このホテルはもともと個人の屋敷を改造したものなので、各部屋にはシャワーやトイレがない。
以前のままの大きなバスルームをお客が使うことになる。
バスルームは階下に2つ大きい部屋がある。
しかし、やはりみんな朝にシャワーを浴びるしトイレも使うので、2階の廊下からバスルームのドアが開いているのを確認して下に降りないと無駄足を踏む事になる。

それでその朝も、タオルと着替えを持って2階のベランダから1階のシャワーのドアを見ていた。
すると同じ2階の中庭を挟んだ向かいのへやから日本人らしい女の子が出てきたのだ。
あれあれ、ここには日本人は僕だけだったはずだが‥‥。
でも女の子をみれば、自動装置が働いて、すぐに声をかけてしまう。
『おはようございまーす!日本人?』
女の子はかぼそい声で『ハイ。そうです』と答えた。

そこに、女の子に続いて背の高いほっそりした男が部屋から出てくる。
なんーだ、カップルなのか。
一人で旅する度胸がなくて、カップルで旅するという、よくあるタイプの日本人旅行者だな。

でも、何となく雰囲気がおかしい。
2人ともいやに上品だ。
今までの中米旅行で出会った、がさつな見栄はりだけの連中とはちょっと違う。
品性下劣な僕としては、ちょっと苦手なタイプだ。
しかし、その時ちょうどバスルームが開いたので下に降りてシャワーを浴び、すぐに学校へ行ったので、この時は挨拶しただけだった。

学校から帰ってきて、宿題をするために『ドニャルイサ』へ行く支度をして、部屋を出ると、また二人に会った。
向かいの部屋の前に置いてあるテーブルの上で何か作業をしている。
好奇心で近寄ってよく見ると、2人は2階のベランダのテーブルで、お米をえり分けているのだ。
食事の支度をしているようだ。
興味を持って、話しかけてみる。

少し話すと、かなり僕の生活とは縁遠い人だと分かる。
自然食品の話をしだす。
どうやら日本でも食べ物にはこだわるタイプの人らしい。
男は『この芋は小さいけれど、これが本当の芋なんだよ』と女の子に話している。

すごい!
僕は食べ物の味にはほとんどこだわらないという素晴らしい性質をもっている。
単に味覚音痴というだけだが、酒があって何か口を動かすためだけの食べ物があればそれで十分幸せだ。
有名なチリの魚介類やアルゼンチンのステーキをレストランで食べる時も、現地で買ったキッコーマン醤油をバッグから出してぶっかけるだけで十分においしかった。
ご飯に納豆をかけるだけで十分においしく生きていける。
だから、お米から虫や石などをえり分ける作業をわざわざ自分でしてまで自分で調理しようというこだわり方は僕の理解を超えているのだ。

『すごいですね〜。僕にはさっぱり分かりませんが、ここらの野菜は日本のと違うんですか?』とご機嫌を取る。

人間とは『自分が他人より優れていると思いたいだけの、お猿さんの進化した生き物だ』とは、これまでも何度もいってきた。
だから、どんな人間でも下手に出てものを尋ねてくる、自分より無知な『劣ったやつ』には親切になる。
これが『世界旅行定理・その3』だ。

この育ちの良さそうな背高のっぽのにいちゃんも(面倒だな、これから彼を『上品男』と呼ぶことにする)その例にもれず、おだてに乗って機嫌よく説明を始めた。
彼の話では、なんでも日本の野菜は農薬漬けで全く自然の味がしないが、中米の野菜は自然食品なので本当の味がするそうだ。
ふーん。
僕にはただ虫食いの貧弱な野菜にしか見えない。
でも、見る人が見るとすごいものなのだ。

『こういうものを食べておかないと体がだめになるんだ。あなたも一度食べて御覧なさいよ。味が全く違うからねー』と、上品男が言う。
『食べてもいいんですけれど、問題は僕は日本の味を覚えてないんですよね』
僕は正直に言う。
『でも、LAのカリフォルニア米や豆腐はおいしかったな〜。とくに豆腐は大きくて良かった。日本だと豆腐は買ってすぐ食べないとだめになりますけれど、アメリカでは一か月も保存がきくんです。アメリカはやはりすごいですよね!』
上品男は悲しそうな目で僕を見て言った。
『あなた、豆腐が長持ちするのは防腐剤をうんと入れてあるからに決まっているじゃないですか』
横にいたすらりと背の高い女は(これを『上品女』と呼ぶ)僕を見てフフフッと笑って
『こちら、面白い方ね』と言う。

上品男は僕と自然食の話をしても無駄だと悟ったらしく、旅行のことに話題を移した。
『あなたもマヤの遺跡を見物しに来たの?』
『ええ、南米に下る途中ですが、ついでに見ておこうと思って』
『ここからなら、ホンジュラスのコパンが面白いよね?ただ一般の人があの国境を越えられるかな?あの国境を通るにはコツがいるからね』と話す。

僕は『そんなことないだっぺ』と思いながらも、おとなしく聞いていた。
旅行ではどんな情報でも、一応聞いておくことが重要だ。

『そうですか。僕もコパン遺跡にはそろそろ行くこうと思ってるんです』と答えた。
すると、上品男はあわててつけ加えた。
『まあ、コパン遺跡へは誰でも行くんだよ。もう一つカリブ海側に向かう途中にあるキリグア遺跡というのがあるのだが、知ってるかい?』
『いいえ。それは何なんですか?』

僕が知らないとなると、上品男は元気を出してしゃべり出した。
『この遺跡が素晴らしい。でも、グアテマラシティからのツアーもないし、まあほとんど行くのは不可能といわれているんだ。とにかくプエルトバリオスへ行くバスを途中で止めなければいけないんだが、普通の人間にはどこで止めたらいいか分からないんだよ。地元の人間も素晴らしい遺跡があるとは案外知らないからね。自分の国の素晴らしい文化遺跡を評価しないのは悲しいことだよね。まあ、日本人も似たようなものだが』と、上品男は文化論を始め、そのあとはこのコパンとキリグアの関係を年号まで入れてマヤ文明の概略を長々と講義した。
『でも、あなたもマヤの遺跡を見て回ってるのだから、こういった年代については詳しいんでしょ?』と聞いてきた。

僕は世界中でいろんな遺跡を見てきたが、その成立や年代などはほとんど気にしたことがない。
僕は正直にマヤ遺跡の細かな年代を知らないことを告白した。
だって、僕が遺跡に求めるものは、そこで滅びた人たちの夢の跡なのだ。
また、神が僕に伝えたいメッセージなのだ。

でも、人の話は聞いて見るものだ。いい情報が手に入った。
『そのキリグア遺跡には行かれたのですか?』とていねいに聞くと、上品男は『あそこはマヤ遺跡の研究家でもないと場所は分からないだろう。あなたに行けるかな』と答えた。
つまり、行ったことがないってことか。

ずいぶん馬鹿にした答えのようだが、僕はこれを人間に言われたとは思わない。
僕はすべての出会いは神の導きだと信じている。
つまり、これを神からのメッセージだと受け取るのだ。
『キリグアの遺跡へ向え!そこで何かがお前を待っているであろう!』ってね。

さて、何ごとにも慎重な僕は、スペイン語の教師のオルガさんにこのキリグア遺跡のことを聞いて見た。
『キリグア遺跡を知ってるかって?知ってるに決まってるじゃないの。小学校の時に遠足で行ったわ。よく整備されているきれいな遺跡よ』
『でも、地元の人はあんまり知らないと聞きましたが』
『みんな知ってるわよ。ほら、この10センターボコインを見て御覧なさい。このコインに石柱が彫ってあるでしょ?これがキリグア遺跡にあるのよ。何本もあるからどれか捜して見たらいいわ』とのきっぱりした答だ。

さてこれがコパン遺跡を一日で見た後で、残りの半日でキリグア遺跡へ行こうという立派な理由なのだ。

 

《キリグア遺跡への長い道》

さて、朝5時に起きてしまったわけだが、すぐにバスターミナルへは行かない。
今日は合計で10時間ばかりバスに乗ることになるだろう。
とすれば中米旅行で一番大切なことを処理しておかねばならない。
それはつまり、ウンコ問題だ。
今日の部屋はシャワーもトイレもついているのだから、何回もゆっくりとシャワーを浴びてトイレに入った。

チキムラのバスターミナル(といってもただの広場だが)でプエルトバリオス行きのバスを見つける。
キリグア遺跡までの料金を聞くと2.5Q(125円)。
遺跡に行くにはどこで降りるのか車掌にたずねる。

車掌は『エスキーナ』という言葉を使う。
エスキーナとは角のことで、つまりキリグア遺跡への道は三叉路になっているらしい。
その角から遺跡までは約2キロ。
交通機関はと聞くと、モトシクレータ(バイク)が角から遺跡まで走っていて料金は2Qか1Qという。
つまり、外人料金が2Qということだ。

実は出発前にこれだけの情報を入手するのは簡単ではない。
まず第一にスペイン語がかなり出来なければいけない。
それだけではだめで、にこにことした人の良さそうな性格を出して、地元の人とすぐに友達になってしまわなければならない。
つんつんしていたら、だれも助けてはくれないのだ。

あの上品男には僕のような旅行は出来ないさ。
だって、僕は頭がいいだけじゃなくって、性格が素晴らしいんだものね。(しかもそれをはっきりと言えるほど素直なんだ!)

バスは7時を5分過ぎて出発した。
バスは大型でシートはリクライニングする。
しかしアメリカから中古のものを買ってきたらしく、かなり古ぼけている。
出発した時は半分しか席が埋まっていなかったが、長い山刀をもった労働者たちが途中でどどっと乗り込んできた。
バナナプランテーションで働く人たちらしい。
昨日のホンジュラスとの国境へ向かうバスでは車掌が山刀を預かって束ねていたが、今日は各自で持っている。
その山刀をもったまま隣に座られてしまったので、ついどきどきして『セニョール、長いですね!エヘヘヘ』と愛想よくしてしまう。(う〜ん、根性なし!)

バスはバナナップランテーションの間を抜けてかなりのスピードで走る。
時々停車すると、小さな男の子がバスの中へコーラを売りに来たりする。
グアテマラではコーラを小さなプラスチックバッグに入れて、それにストローを差し込んだ状態でバッグの口を縛って売る。
なかなか便利だが、そのバッグはコーラを飲んだ後で窓の外へ捨てる。
だから、道端には結構このプラスチックバッグが散らばっている。
掃除をするはずはないのだから、きっとこの世の終わりまでそこにあるのだろう。

2時間ほどすると三叉路に到着した。
車掌が『チーノ(中国人)、キリグアだ!』と僕に教えてくれる。
すぐにバスから飛び降りると目の前にバイクが2台エンジンをかけたまま停っている。
『ルイナス・デ・キリグア(キリグア遺跡)!』と叫ぶ。
『ドス(2)』と答える。つまり2ケツァル(100円)という意味だ。
『ウノ(1)』と僕が言う。
結局1.5Qで話をつけてバイクの後ろシートにまたがる。
両側が完全にバナナで囲まれた石がごろごろした道をゆるゆると揺れながら走ると、突き当たりにゲートが見える。

このゲートは広大なバナナプランテーションの入口らしい。
あれー、遺跡はどこなのかしらん。間違えたのかしら?
聞いてみると『デレーチャ!(右だよ)』とのこと。
小さな板に矢印があり、そこに『キリグア遺跡』と表示があった。

 

《キリグア遺跡で神の言葉を聞く》

キリグア遺跡の入場ゲートには誰も人がいなかったが、入場料が書いてある。
『入場料1Q。でも休日はタダ』
アレレ、今日は日曜だぞ。
ということは入場料はタダで、それで誰も人がいないんだ。
しかし、『ディスクルペー(すみません)?』と叫ぶと、森の奥から人が出てきた。
『日本人でっか?1Qでおます』と愛想よく言う。
彼の話によると『外国人は日曜割引がない』のだそうだ。
ホントかな〜?まあ、いいさ。

キリグア遺跡はこれまで見たマヤ遺跡と違って非常にきれいに整備されている。
オルガ先生が言ったように、遺跡全体に芝生が敷きつめてある。
ESTERAという石柱、ZOOMORFOという動物(主に亀が多い)の彫り物、ALTARというその小型のもの。
ZOOMORFOはホンジュラスのコパン遺跡のものとの関連が想像出来るが、他のものはこの遺跡で見たのが最初だ。
もちろん石柱自体はマヤ遺跡の特徴で、そこに彫り込まれたマヤ文字で年代が識別出来るという重要なものだ。
しかし、キリグア遺跡の石柱は非常に背が高いのが特徴。
これが入口に近い方に10本近くまとめて立っているのはなかなか面白い。

遺跡の奥へ進むと、マヤ遺跡につきものの球戯場を見つけた。
あちこちで球戯場を見るが、このキリグアのものは特に小さく壁も低い。
おそらく実際には使用しなかったのではないか。

遺跡自体はそれほど大きいものではないので、一時間あると見てしまう。
天気のいい日曜日に芝生におおわれたきれいな遺跡でのんびりすると、ほっとするね。
ほとんど見物客がいないのも素敵だ。

そうそう、あの石柱群のなかから10センターボコインに彫り込まれているものを見つけよう!
石柱群へ戻り、ポケットから用意していたコインを取り出して、比べてみる。
うーん、石柱は石柱だしな〜。
どれを見てもよく似ている(当たり前か)。
とにかく一番『せいたかのっぽ』なのはESTERA・Eみたいだよね。
しかし、10センターボコインに刻んである石柱がどれなのか分からない。
石柱の間をうろうろしていると、突然白人に出会った。

すらっと背が高くて、白髪の、品のいいおじいさんだ。
いわゆるサファリルックで決めて、手には『フォード』のガイドブックを持っている。
このガイドブックは地図が良くないので長期旅行者は使わないが、遺跡などの説明は詳しいだろう。
『分からなければすぐに聞く』というのが『世界旅行定理・その7』だ。
すぐに声をかける。

『エクスキューズミー、サー!コインに載ってる石柱はどれでっしゃろ。ワテのガイドブックに書いてありまへんのや』
背の高い白人はにっこりと笑って、『私たちは友達だね』という。
『ええ、もちろん』と、僕は愛想よく返事をする。
『なぜだか分かるかい』とこの紳士は聞いてくる。
僕がどう答えたらいいか戸惑っていると、『僕らは同じバナナリパブリックのものなんだ』と言って、帽子を脱いでメーカーの名前の書いてあるタグを見せる。
《バナナリパブリック》と書いてある。
なるほど、僕の着ているのは、NYのバナナリパブリックのバーゲンで一枚6ドルで買ったTシャツだ。
グリーンの地に胸に大きく黄色で《バナナリパブリック》とある、僕のお気に入りだ。

すかさず、『僕たちは同じ共和国(リパブリック)出身ですものね』と返す。
紳士は穏やかな表情のままで、『君は日本人だね』と聞く。
『僕の知っている日本人の中で、君が一番頭がいい』と続ける。
『みんなそういいます』と答える。
二人で大笑いをする。

ガイドブックを調べてESTERA・Dがコインに刻んである石柱だと教えてもらう。
そのまわりをぐるぐると歩いてコインと見比べる。
振り向いてさっきの紳士を捜すが、どこに消えたのか見えない。

どこからか、声がする。
『おまえはわたしの最愛の子供だ。すべてわたしの言うままに進め!』
頭の中に直接響くこの言葉は、確かに神のものだ。
芝生にひざまずいて祈る。
『すべては神の指し示すままに!』

 

《epilogue》

遺跡を出たところにあるプランテーション労働者相手の酒屋で『チーノ(中国人)』とからかわれた後で、バイクを拾いエスキーナ(三叉路)へ戻った。
グアテマラ行きのバスをエスキーナでつかまえるのは無理なので、思い切ってチキムラ行きのバスに乗る。
チキムラのバスターミナルで出発寸前のグァテ行きの座席指定バスをうまくつかまえた。
非常にうまく乗り継いでアンティグアへ7時間で着いた。

さて、月曜日にスペイン語学校へ行く準備をしていたら、あの『上品カップル』に会った。
挨拶をする。
『久しぶりですね。しばらく見かけませんでしたが、どこかへ行ってたの?』
『ええ、ちょっと国境を越えてコパンへ。ついでにキリグアへも寄ってきました』
『‥‥』
『教えていただいたキリグア遺跡はとても面白かったですよ。ありがとうございます。案外簡単に行けますよ』と付け加える。

上品男の顔が少しゆがんだのを僕は見逃さなかった。

旅行では『言葉よりも行動』なのだ。
そして、神を信じて進むものだけに神はその姿を現すのだ。

(キリグア)