14:入国手続きとタクシー料金

乗客の後について、平屋建ての建物に入ると、入ったばっかりの通路の右側にカウンターがあった。
カウンター前は雑然としていて、人がごちゃごちゃ集まってパスポートを渡している。
ここで20ドルのキャッシュを払って、パスポートに1か月のビザをもらう。

日本では写真も必要と聞いていたが、実際は必要なかった。
と言っても、写真が必要との情報を完全に信じていたわけではないので、問題はない。
必要でも必要なくても、僕には関係ない。
本格的な旅行者というものは、もともとパスポート用の写真の20枚や30枚は常に用意しているものだからね。
僕が現在持っているのは、マレーシア領ボルネオ、サラワク州のミリで中国人経営の写真屋でジャケットとネクタイを借りて撮ってもらったものだ。
慌てて撮ったので、ネクタイが曲がっているのが愛敬だが、ビザ取得用の写真は、出来が良くても悪くても、それほど気にすることはない。
パスポートの写真とは違って、申請書に貼るだけのものだから。

ビザをもらって、入国管理をすませ、税関に書類を出しただけで荷物を開けずに通過する。

通過したとたんに、タクシーの客引きに20人ぐらいに、どっと取り囲まれた。
普通は通関して入った部屋には、両替をするための銀行と旅行案内所があるものだが、プノンペンの空港には存在しない。
ただ、目の前にカウンターがあって、そこに女の子が一人いて、そのカウンターには「町までタクシーで10ドル」と書いた札が立ててある。
しかし、タクシーの客引きが6ドルだ、5ドルだと取り囲んでうるさい。
両替所がなくてタクシーがドル払いなのは、多分ドルで全部通用するのだろう。

「タクシーの相場を知ってるー?」と、情報を握っていそうなバンダナ君に叫ぶ。
「3ドルと聞いてますが」
3ドルといっても、相場が上がっているのかもしれない。
僕はカウンターの女の子に、「タクシーは本当に10ドルするの」と聞いた。
すると、小さな声で、恥ずかしそうに、「5ドルでいいです」との返事だ。

ハッキリ君が「西本さん、こっちは4ドルですよ」と、客引きと一緒にこっちに向かって言う。
3ドルの相場が4ドルになったのだろう、物価は常に上がり続けるものだ、3人で割れば大したことはない。
そこで「キャピトルホテルまで、4ドルだね」と確かめながら、タクシーへ歩き出した。
3人でタクシーに乗り込もうとした時、後ろから追いかけてきた運転手が「3ドル!」と言って、バンダナ君の荷物をひったくるように持っていく。
僕が「3ドルに変更!」と宣言して、バンダナ君の方へ動こうとすると、最初の運転手が今度声をかけてきた運転手と言い争いを始めた。

僕が3ドルの方へ進み、乗り込もうとすると、初めの運転手も「3ドル!」と言って、また荷物を持っていく。
3ドルでいいじゃないか。
3人で分けやすいもの。
義理もあるのでもともと乗るつもりだったタクシーに乗り込むと、すぐに通りへ出た。

「すごい客引きでしたね!」と、ハッキリ君が感激する。
彼はこういう経験は初めてらしい。
「やはり3ドルでしたね!」と、バンダナ君は満足気だ。
彼は自分の集めた情報が正確だったので嬉しいのだ。
「道ががらがらだよ!」と、僕は喜んでしまう。
バンコクの交通渋滞にうんざりしていたので、車がすいすい走るとそれだけで別の国に来たことを実感できるのだ。

運転手は「いいホテルがあるけれどどうだ」と、ホテルの客引きを始めた。
「クーラーもバスルームもついて20ドルだよ」との話だ。
それはそれとしてきちんと聞いておく。

今度の僕の旅行は期間が短いので、わざわざ安いホテルに泊まってもしかたない。
飛行機代を何万円も払って、ビザ代を何千円も払って、ほんの数日しか滞在しないのに、ホテル代を無理矢理何百円に抑える意味はない。

できるなら、クーラー・シャワー・ベランダ・プール付きのいいホテルに安く泊まって、気楽にやりたいものだ。
これがどんな旅行にも対応できる、本物の旅行者なんだ。

もちろん世の中には変な人達もいて、短期しか旅行しないのにわざわざ安い長期旅行者用の宿に泊まって、旅行のベテランを気取る口だけ達者なうるさい連中も存在する。
こういう連中は僕には理解できないのだが、日本人旅行者の集まる安宿で「〇〇さん」と旅行初心者に呼ばれて、大きな顔をしているとか。
しかし、いまでは普通の人がどんどん旅行を始めたので、段々相手にされなくなっているらしい。(「ジュライ男」参照のこと)
日本でも友達もいない寂しい人間だといううわさだ。

でもとにかく、旅行者がみんな行くという「キャピトルホテル」を見てみなければね。
多くの人が行くところにはそれなりの理由があるわけで、変に拒否するのもおかしな話だ。

実は僕が世界中の日本人宿に詳しい理由は、僕のこの考え方にある。
評判の宿には一応顔を出すのだ。

あんまり詳しいので、「西本さんも日本人宿に泊まって旅行したんじゃないですか?」と聞く人もいる。
説明しておくと、僕はある場所に旅行したら、自分の宿を見つけた後で、必ず日本人宿に顔を出すことにしている。
その理由は、旅行情報を得ること、日本語の本を交換すること、というのは名目で、実はどんな日本人が旅行してどんな大げさなことを吹いているかを楽しむためだ。

ちょっと付き合うだけならば、嘘つきや大げさな話をするタイプほどおもしろい連中はいない。
パターンが決まっているので、すぐに嘘を暴ける。
この経験で、日本人旅行者のレベルの低さを隅から隅まで知ってしまっているので、ちょっと話しただけで、ここが怪しい!とわかってしまうんだ。

 

タクシーは20分程走っただろうか、急ににぎやかな通りへ出た。
自転車とバイクでいっぱいだ。
しかも、交差点に信号機がない。
その中をタクシーは疾走し、町の中心部らしい雰囲気の場所へ入っていった。

通りには結構きれいなホテルも見えるし、旅行代理店も、レストランもある。
これなら、ここで降りても何とかなる、とほっとするが、タクシーは中心部を過ぎて、更にどんどん進む。
変に中心から遠いと困るな、と心の中で舌打ちをして、「キャピトルホテル!」と確認する。
運転手は「OK、OK」と言う。

車は大通りから右に曲がって、未舗装の裏道へと突入した。
大通りは一応舗装してあったが、裏通りのここは水溜まりとでこぼこの土が盛り上がっていて、車はゆ〜っくり、ゆ〜っくりと進む。
道の両側は普通の民家らしく、子供たちが飛び跳ねている。
さらにちょっと走って更に右におれ、タクシーが停車する。

しかし、これはただの薄汚い裏通りじゃないか。
僕は「キャピトルホテル」というからには、ホテルらしい建物を想像していた。
何にもそれらしいものはない。
間違えたのかもしれない、それとも、だまされたのか。
ひょっとして「キャピトルホテル」の客を、騙して横取りする別のホテルがあるのかもしれない。

僕はいろんなとんでもない経験をしているので、降りようとする2人を押し止めた。
「僕が確かめる」と言う。
2人をタクシーに残したまま、運転手に教えられた狭い階段を上る。
階段の突き当たりに、小部屋があり、受付らしいテーブルに中国人が座っていた。

「これがキャピトルホテルか?」と聞く。
「そうだ」との答。
「僕の友達が泊まってるはずなんだけれど」

さて、読者は今までに僕の友達がキャピトルホテルに宿泊しているなどという話を聞いたことがないと思う。
僕もそんな話は聞いたことがない。

それではなぜ、「世界旅行者」西本健一郎は急にこんな話を始めたのだろう。
それには深〜い理由があるが、それはまた次回の楽しみにしておく。

(入国)

 

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