20:海外SEX論

「中山美穂はカンボジアへ移住してるの?」と、僕はつい聞いてしまった。
僕はあんまりTVを見ないせいか、そういえば、近頃中山美穂を見ていない。

ひょっとして彼女が日本の芸能界に飽きて、旅に出て、そこで金を取られたかなにかして、売春をして帰国費用でも稼いでいるのかも知れない、と思ったのだ。

これは常識的な人なら誰でもたどるであろう、非常に合理的な推論だ。

しかし残念ながらそうではなかった。
「西本さん、なに考えてるんですか?中山美穂がこんなところで売春するわけないでしょう」と、バンダナ君は僕を鼻でせせら笑った。

世の中のわかっていない人間はこれだから困るね。
世の中で確かなことはただひとつ、「何も確かなものはない」、これだけなのだ。

中山美穂だって売春婦になるかも知れないし、売春婦も女優になるかもしれない(これはよくある話だが)、君もいつ旅先で死んでしまうかもしれない。

この人生は、明日はどうなるか誰にもわからないからおもしろいので、そのダイナミックさを感じていれば中山美穂がカンボジアで売春婦をしているくらいは、それほど思い掛けない話ではない。

「だって、バンダナ君は女を買いに行ったんじゃないの。そこで中山美穂に会ったんだろ?」
「いやだな〜、西本さん。中山美穂というのはその帰りによった屋台の女の子ですよ」

「そういえば思い出しました。日本人ノートにその女の子のことがかいてありました。中山美穂そっくりのカンボジア人がいるみたいですよ」と、ハッキリ君。
「ナ〜ンダ、そっくりの女か!それじゃあ、話の種にならないね」

僕は気をとり直してバンダナ君に尋ねた。
「君は女を買うために旅行しているのかな?」

バンダナ君はちょっとひるんだようだ。
「それだけじゃないですが、安いですから、まあちょっと」と、口ごもる。

おやおやバンダナ君はまだ吹っ切れていないようだね。
吹っ切れていれば「女を買うために旅行しているんです!」と正直に言えるはずだ。

例えば昔の南米旅行者は「女を買うためだけに」旅行している連中がいっぱいいた、というか全員がそうだった。
一旗揚げるつもりで日本を出て、ニューヨークの日本料理店でバイトをしているうちにその夢もなくし、女が欲しくて南米に来て、稼いだ金を全部使うというのは、これが南米旅行者のひとつのタイプなのだ。
まあ、僕はこういう連中を旅行者とは考えないが。

でもこういう連中は吹っ切れているので、女の話しかしないし、それはそれでさわやかだ。

また、現在ではバリ島などで現地の男を買いあさる日本女性も本当に多い。
これも、僕がちょっと話をすれば正直に告白するので気持ちがいい。
しょせん人間はSEXをするためだけに生きているのだから、日本ではもてない男が海外で女を買ったところで、それは当然のことだ。
ちっとも恥ずかしいことではない。

ただ自分がその程度の魅力のない男だというだけだ。

バンダナ君がだめなのは、自分がだめな男だと認めるのを嫌がっているところだ。
だめなところはだめだと認めて何の問題があるだろう。
僕だって、一晩に3回しか射精できないし、挿入したまま2時間もすると我慢できなくてついピュッと出してしまう、とSEXが弱いことを告白しているのに。

それはそれとして聞いておかなければいけないことがあった。
「で、ちゃんとコンドームを使ってるんだろうね」
これが問題だ。

誰が誰とSEXしようがどんな体位でやろうが、それは僕は気にしないのだが、友達が性病にかかってしまうと回り回って自分にも降りかかるのが困るんだ。

例えば卒業旅行の女子大生が海外でやりまくっている(おっと下品な表現なので訂正しよう)え〜、「国際親善を身体を使って実践している」のはこれは常識だ。
その女子大生が会社に入ると、まず新入社員歓迎会の夜に同期入社の男と寝ることになる。
男も卒業旅行で海外の売春婦や旅行中の女子大生と寝た経験があるので、ここで性病の確率は2倍になる。

女子社員は当然ながら、課長さんとも時々会議室でSEXすることになるだろう。
部長さんとはシティホテルのベッドでバックからやるのが今の流行りだ。
この部長さんや課長さんだって、たまには酔っ払った時などについ出来心を起こして妻とも交わるかもしれない。
その妻は当然八百屋の御用聞きと関係がある。

ところで、八百屋の御用聞きは弁護士夫人などには結構人気なのだ。
僕が以前一度だけSEXした、もとモデルをしていた一流企業のエリート社員の人妻は八百屋の御用聞きと関係していた(これは本当に本当の話だよ)。
彼女の話では、八百屋の御用聞きは持ち物が「大根並み」なのだそうだ。

で、僕が現在狙っているのが弁護士夫人なのだから、学生旅行者がいいかげんなSEXをして病気を持ち帰られると、これは人ごとではない。
自分に直接関係した、切実な問題なのだ。

「西本さん、僕は大丈夫ですよ。コンドームを持ってきてますから」
まあ、それならいいか。

「注意してくれないと困るよ。君だけの問題じゃなくって、八百屋とか弁護士夫人も関係しているんだからね」
「何ですか?それ」
「いやこっちの話なんだけれどね」

彼には説明してもこの「風が吹けば桶屋が儲かる」理論が理解できそうにないので、説明はしないことにした。

そのとき、バンダナ君のうしろから「コンドーム使うくらいなら女を買うんじゃない!」と大声が響いた。

見ると、四角いあばた顔の巨人軍の桑田そっくりの暗そうな男が立っていた。
本物と違うのは背が低いところで、これは絶対に女にはもてないと、大蔵省造幣局が検定マークをいれそうなタイプの男だ。
彼はいやに自信たっぷりに、話に割り込んできた。

「僕はコンドームなんか使いませんよ!病気なんか恐がってちゃ、だめだめ。2〜3度病気にならないと売春婦はわからないんだよっ!」
変なやつだな、ちょっとラリッてる雰囲気だ。
薬でもやっているのだろうか。
それとも、梅毒が脳まで来ているのだろうか。

「ただの病気ならいいけれど、今はAIDSがあるからね」と、僕。
「それは大丈夫!僕はいまちょうど淋病になってるんだが、淋病にかかっているとAIDSにかからないんだ」
おいおい、そんな話、聞いたことないぜ。

「淋病の病原菌がHIVウィルスを食べてしまうんですよ」
「そんな話、いったいどこで聞いたの?」
「ほら、あそこに座っている背の高いやせた人いるでしょ?彼は東大医学部の医者の卵なんです。彼が最新の研究結果をこっそり教えてくれたんです」
「それ本当なの〜?」
「本当ですよ!」

僕はとても本当とは思えなかったが、黙っていることにした。
理屈の通らない人というのはどこにでもいる(もちろんパソコン通信にも沢山いる)。そういう知的レベルのまるっきり違う人とまじめに議論をしても無駄だからだ。

「この淋病とAIDSの話、まだ発表されてないので黙ってて下さいよ。誰かに言っちゃだめですよ」と、彼はつけ加えた。
もちろん誰にも言うものか。

この淋病男はバンダナ君をさそって席を立った。
どうやら2人は前もって何かの約束をしていたらしい。
これから部屋でマリファナでもやるのだろう。

僕もこの時までに、こういう有益な話をしながらタイガービールを5本空けていた。
ちょっと疲れたね。
すっと席を立って部屋に向かった。

旅に出ると変なやつに出会う。
でも、それは単純に日本では社会によって押し殺されていた自我が、旅先で変な方向に爆発したというだけで、旅先では変な人も日本に帰れば普通の人なのだ。

逆に言うと、日本人は自分の考えを持つ人が少なくて、まわりの意見に合わせて行動することが立派だと間違った常識を持っているせいで、自分一人で考えなければならない時はとんでもないことを信じてしまうといういい例なのだ。

もう1本タイガービールの缶を買って部屋に戻り、日記を付けながら飲んだ。

考えてみればこの旅行に出てまだ3日目の夜だ。
昨日までの2日間はY嬢と一緒だった。
そしてやっと今、一人だけの夜を持てた。
自分を振り返れる一人だけの夜を持つことが、人の生きる目的かも知れない。

 

僕はここにいる、確かに僕はここにいる、そして明日は何が起きるかわからない。

僕はこの浮遊感覚に酔っている。

決してビールのせいではない。

僕は旅の中にいることに酔っている。