《地下鉄に乗って、LAXからダウンタウンへ》1997

大韓航空でLAX(ロサンジェルス国際空港)に着いたのが、少し遅れても朝の8時。
日本からの便では大韓航空がLAへ一番早く着くせいか、入国審査の列もがらがらだ。

本当に混雑する時期には、この入国審査の列に2時間並んだ(!)という話もあるので、こういう点では大韓航空は便利だし、朝早くから一日ばりばり仕事が出来るという意味でも、韓国人のバイタリティには合っているのだろう。

入国審査官には「グッドモーニング!」と愛想良くし、滞在日数には公式通り「2週間」、職業には(こんな格好で三菱商事の社員では通らないだろうから)「作家」と答える。

他の怪しい国では「作家」「ジャーナリスト」「フォトグラファー」は絶対に禁句だが、アメリカの場合は特に問題ない(多分ね)、と思う。
アメリカにはこういう職業の人がピンからキリまでたくさんいるだろうし…。

それに、この年齢でこの格好では、他には「ホームレス」としか答えようがない。
職業がホームレスでは、入国はさすがに無理だろう。
「世界旅行者」は、まだ税務署から正式に職業として認められていないのだし。

また、僕の2冊のパスポート(一冊は失効しているが、ここにアメリカのビザがある)にはアフリカや東欧、キューバなど、世界中の国のスタンプがあふれんばかりに押してあるので、普通の職業を言うと、かえって怪しまれるわけだ。

係官は、僕の無精髭と、充血した目と、だらしなく伸びた髪と、よれよれの服装を見ても、無事に6カ月の滞在許可(僕は東京で個人申請して取った「B−1、B−2」の観光ビザを持っている)をくれた。

 

僕はいつもの通り、何の問題もなくすんなりと入国審査を通過し、税関も通って、アメリカ以外の航空会社が利用する、国際線専用のトムブラッドレイターミナルの外へと出た。

外へ出ると、朝がまだ早いせいか、薄く霧がかかっていて、空港の周回道路には車も少ない。
立ち止まり、どうやってLAのダウンタウンへ行こうか、少し迷った。
いろんな方法があるが、一番安いのはLAの市バス。

世界中どこでも、バスが一番安い。
インドでも人力車に乗ると、思いがけなく、とても高くついたりする。

昔、学生がアメリカ旅行をするのが定番だったころは、この市バス(昔はRTDバス、いまはMTAバスという)をみんなよく使ったものだが、バスの運行間隔が案外と長くて、いらいらしてしまう。
空港から、シャトルCに乗って、トランジットセンターまで行き、そこから42番のバスに乗れば1ドル35セントで行けるが、もう何度も利用しているし、わざわざ時間のかかるバスに乗る気にはなれないな…。

普通はここで躊躇せずに、目の前を次々通り過ぎるはずの濃紺色の「スーパーシャトル」に乗り込むが、今の時間は旅行客が少なく、それを目当ての空港シャトルも数が少ない。
大韓航空の欠点はLAに早く到着しすぎることなんだよなー。

シャトルも、以前はすんなりと、ダウンタウンの安ホテルへ真っ先に乗り付けておろしてくれたものだが、最近はボナベンチャーやヒルトンなどというまともなホテルへ先に着くようになった。
前回乗ったときなどは、僕が降りる前に途中のホテルに次々に客を降ろしていって、降りるのが最後の5番目になった。
ダウンタウンに入っているのに、他のホテルをぐるぐると回られたので、とても気分が悪くなった(チップはもちろん払わなかった)。
料金も一応ダウンタウンまでなら12ドル、と決まってはいる(?)のだが、交渉しなければ、吹っかけられることもある。
慣れていないと、15ドルや17ドル、20ドルくらいはすぐに取られてしまう。
これは精神的によくないし、それにシャトルに乗ること自体は数限りなく利用しているので、ありふれていてつまらない。

今回は珍しく東京から、僕の定宿ホテル加宝に電話して、僕が今日行くことを伝えてあるので、急ぐ必要もない。
時間はたっぷりとあるのだ。

それで、今回は地下鉄でLAのダウンタウンへ入り、そこから市内循環のダッシュという小型バスに乗り換えて、リトル東京へ向かうことにする。
この逆のルートで市内からLAXに来たことはあったが、LAXからのルートはまだ使ったことがないからね。

それに「LAXからバックパックを抱えて地下鉄でダウンタウンへ入った」という日本人は、まだそう多くはないはずだ。
ガイドブックを丸暗記して、あそこが恐い、ここが危ない、ホテルと土産物屋の中以外はすべて危険だ、と信じさせられた純情な旅行者は、僕の話を聞いただけで、おしっこを漏らして、恐怖で卒倒することだろう。

つまり、普通の人に対してのハッタリが効く。

ハッタリが効くなら、普通の人間はしないことでも「世界旅行者」は断固として行う(なんだなんだ)。

というのは、僕はただ旅行した国の数が多いってだけじゃなくって、常になにか新しいことに挑戦する人間なんだからさ。
ま、僕はなにか新しいもの、変わったものを見たいし、またしたいんだよね。

ターミナルを出たバスストップで、Metro Green LineのAviation駅に行くLAX SHUTTLE Gを待った。
シャトルGは確かにやって来るが、僕の立つバスストップを無視して、停止せずに、2台が目の前を通り過ぎてゆく。
馬鹿にしてるのかなー。
ぷんぷん。
ぷんぷんとはいっても、飛行機の中で寝れなかったので、ぼやーっとしている。

それでも、やっと怒りが込み上げてきて、ムカッと、3度目の太った黒人の女性ドライバーをにらみつけて、手を振って大きく合図をしたら、僕の後方を指さされる。
なるほど…。
シャトルを待つ場所を間違えていた…。
LAXシャトルを待つのは"LAX SHUTTLE"と書いてある待ち合わせ場所だったのだ。

いやはや、女の子が一緒でなくってよかった。
LA通の「世界旅行者」としては、大恥をかくところだった。

というわけで、次のシャトルGをつかまえて、10分かからずにAviation駅に到着。
鉄道は高架になっているが、切符は下の自動販売機で買う。
僕はMetro Green LineからMetro Blue Lineに乗り換えるので、自動販売機で$1.60の切符を購入する。
地下鉄の料金はバスと同じで1ドル35セントだが、乗り換えがあるのでトランスファー料金の25セントを足して、1ドル60セントになるわけだ。

実は、地下鉄は改札口がないし、車掌も乗ってないので、切符なしでも乗ることが出来るし、降りることも可能だ。
しかし、調子に乗って無賃乗車(法律用語で「ただ乗り」)していると、突然チェックが入って、罰金70ドル(ジャーン!)。
実際に取られた日本人がいるし、切符は買って乗るのが常識。

エスカレーターでプラットフォームへ上り、列車が来るのを待つが、これがなかなか来ない。
でも、列車を待つのはバスを待つのと違って、確実性があるからそれほど心配しないでいい。

バスを長く待っているとき、「ひょっとしてバスのルートが突然変更になってないかしら?」なんて心配してしまうのは僕だけじゃないと思う。
しかし列車を待つ場合は、なにしろ「線路」ってものがあるからね。
列車の運転手も、そうそうその日の気分で簡単にルートを変えるわけにはいかないだろう。

かなり待ったような気がしたが、遠くからグリーンラインの電車がやってくるのが見えた。
グリーンラインは次の駅から高速道路の中央を走る形になり、15分程度乗ると、乗換駅のインペリアル駅(ROSA PARKS)に着く。

高架のグリーンラインから下に降りると、そこがLAのダウンタウンとロングビーチを結ぶブルーラインだ。
プラットホームには人がたくさんいたが、電車はすぐにやってきた。
このブルーラインでは、席が見つからないくらい混んでいる。
この路線はむかし黒人暴動のあったワッツ地区を通っているので、最初に乗ったころはかなり緊張していたが、今ではそうでもない。
乗客には身体の大きな黒人の若者もいるが、東洋人のおじいさん、ヒスパニック系の夫婦に子供連れ、一人で乗っている女性等々、平和な風景だ。

LAでは車の数を減らそうと、「パークアンドライド」といって、郊外の駐車場に車を置いて、中心部へは公共交通機関を使うというキャンペーンをやっているので、乗客は普通の市民だ。
ただ、バックパックを持った旅行者はちょっと場違いではあるが。

そのままずーっと路面を走り、ダウンタウンの中心部へはいる直前で、列車は突然地下へ。
すぐに、セブンスのメトロセンターに到着する。
空港からダウンタウンまで一時間程度かかった。

Metro Blue Lineは、ここでMetro Red Lineとつながっていて、乗り換えれば東はアムトラックのユニオンステーションまで行くことが出来る。
以前乗ったときは、西はマッカーサーパークまでだったが、いまはもっと建設工事が進んでいるだろう。
ちなみに最近日本でも公開されたパニック映画「ボルケーノ」で溶岩が流れたのは、このレッドラインの工事現場ということになっている。

僕は地上に出て、あたりを見回した。

セブンスストリートに立って通りの南側の建物を見ると、目の前はハイアットリージェンシーホテル、そして隣はメーシーズになっている。
あれれ、ここはブロードウェイプラザといってたはずだが。
時差ボケで記憶力が変になってるのかしら(実際に店が変わっていた)。

そんなことを考える力もないほど、睡眠不足で頭がぼーっとしている。
このままダッシュに乗り込むと眠ってしまいそうだ。
ダッシュは25セントで乗れる市内循環バスなので、一日中バスに乗ったままになるかもしれない(まあ、LAのバス運転手は親切なので起こしてくれるだろうが)。
眠らないためには歩けばいい。

というわけで、LAのダウンタウンを歩いて30分、ようやくホテル加宝に着いたが、表の格子ドアが閉まっていて開かない。
ベルを鳴らし続けて、10分以上。

やっとドアが開いてホテルへ入ったが、ホテルのドアが開くのを待っていたときが、シャトルGよりも地下鉄よりも、一番イライラしていたときだったとさ。

metro

NOTE:

1)「シャトルG」は、名前を変えてわかりやすく「AVIATION」になったとか。でも、ルートは同じです。

2)メトロレッドラインは、北は、「NORTH HOLLYWOOD」まで伸びました。これで、ダウンタウンから、ハリウッドやユニバーサルスタジオへ、簡単に行けるようになりました。

3)ダウンタウンのホテル加宝までは、さらに、レッドラインに乗り換えて「パーシングスクエア」で降り、4番街を東へ歩けば、約10分で到着します。

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