5)ナンパとは、ただお情けにすがること

 

「あの韓国美人をナンパしよう!」と決意したのはいい。
どんなことでも、たとえ間違っていても、迷ったまま決意しないでいるよりは、決意する方がいい。
とにかく、なにか、ものごとが進展はするのだから。

ここで問題なのは、僕は生まれてから今まで、一度もナンパしたことがないこと。
僕がボーッと生きていると、だいたい女性の方から僕に近づいて、向こうからナンパしてくるのが、僕の今までの人生だった。
それで、誘われれば、断らないので、なんとなくセックスできてしまう。

正直に言うと、僕は今までの人生で、努力したことがないんだよ。
僕の辞書には、「努力」という文字がないのだ。

だから、ナンパとはいったいどういうことか、知らないのがちょっと不安だね。
頭に浮かぶのは、渋谷の公園通りで、次々と女の子に声をかけまくっている、長髪にスーツの若者たちのこと。

うーん。
僕は女性に気軽に声をかけることができない、気の小さな中年男だ。
どう考えても、あんなふうにナンパできるとは思えない。

ただ、海外旅行経験が多いので、気が小さいとはいっても、それを表面に出さない訓練は、たくさん積んでいる。

気が小さいとは、こんなことをしたら、あんなことを言ったら、人からどんなに思われるだろうと気にしすぎる(そして、なかなか行動が出来ない)という意味だよね。

海外旅行をしているときは、まわりに知った人がいないし、また、ある場所で変なことをして悪い噂が立ったとしても、そこを移動してしまえばいいのだから、気が小さくても気が大きい、気の強いふりをすることは簡単だ。

ま、これが、インドや南米で、いやに大きなことを言うだけの、日本人「旅行通」諸君(笑)がはびこる理由なんだよ。
こういう自称旅行通諸君に限って、日本に帰ってくると、気の小さな本性がバレバレで、一人では銀座通りも歩けない。
だから、いつも旅行仲間と一緒にいたり、インドや東南アジアの日本人宿に通ったりして、そこで、大きな顔をしている。

まあ、人間がいろいろと考える生物である以上、精神に異常がない限りは、人間として、気が小さいのは本質的なものだ。
もちろん僕の場合も、確かに本質的には気が小さいのだが、日本でも特別な訓練を繰り返しているので、気が小さくないように見せることが出来る。
それは、海外だけで通用するニセモノの気の強さではない。

その訓練の一例を示すと、レンタルビデオショップで女子高生がいるときに、できるだけエッチなタイトルのエロビデオをカウンターに持っていって、そのビデオのタイトルを大声で言って借りること。
ビデオのパッケージのいやらしい写真も隠さないで、女子高生に見えるようにした方がいい。

こういった訓練をしているうちに、女子高生から「この変態おやじ!」という目つきでにらまれたり、女子中学生の集団から「じじいのくせに、エロビデオ借りてんのー」なんてこそこそいわれていても、全く気にならない強い性格になってくる。
そればかりか、いまではどことなくキモチイイ感じまでする。
愛読者諸君も、気の小さい人は性格改造の訓練として、試してみたらいいと思う。

さて、性格改造法の講義を終えて、マイレージの話に戻ろう。
世界旅行者の話として、使い終わった航空券をうっかりなくしてしまって、マイレージが登録できませんでした、はいチャンチャン、ではちっとも面白くない。
これではヒネリもオチもないので、話のネタにならない。
だから、どうせ駄目になるにしても、ここは、グイッともう一押しして置きたい。

僕がナンパというと、読者は、大韓航空の例の韓国美人を口説いて、セックスして、身体にセックスを覚え込ませて、コンピューターにマイレージ登録をさせるのかな、と思うことだろう。
いくら僕でも、そんなことはしないよ。

マイレージ登録程度のことで、そこまでやっていては、いくら体力があっても持たない。
まあ、あの韓国美人に気に入られて、彼女に「なんとかこのおじさんを助けてあげたい」という気持ちにさせればいいだけだ。

 

翌朝、髭をていねいに剃り、シャワーで念入りに身体を洗い、髪を梳かし、新しいGUESSのTシャツとジーンズを身につけ、鏡の前で笑顔の練習をした。
ホテルを出て、DASHという市内循環バスに乗って、大韓航空オフィスへ向かう。

オフィスに入る前に、カウンターに別の人がいれば話は早いのではないか、と期待していた。
例えば、人生に疲れた管理職の中年男性などが、たまたまカウンターにいたなら「若い人は融通がきかないからねー。航空券なんか要りませんよ。ボーディングパスだけで大丈夫。今日は気分がいいので、マイレージ2倍つけましょうか?」などと軽くやってくれそうな気がする。

しかし、オフィスのカウンターには、昨日の美女一人だけだ。
僕は、にっこりと笑って、近づきながら「あんにょんはせよー!」と韓国語であいさつした(これは韓国語らしいが、意味は知らない)。
彼女は自国語で挨拶されて、ニコッと微笑む。

カウンターに座って、ニコニコ作り笑いをしながら、「なぬん・いるぼにん・いむにだー」と続けた。
これは、LAのダウンタウンの韓国人雑貨商のところで教わった「私は日本人です」という意味の韓国語らしい(ただ、僕の友人の韓国語通訳の女性によると、少しおかしいとか)。

こう、気持ちがぐっと近づいたところで、英語で話を続けた。
「捜したんですが、切符が見つかりませんでした。でも、ボーディングパスがありますし、コンピューターに情報が入ってるんですから、マイレージを登録してくれませんか?」

すると、彼女は「使い終わったその航空券がないと、マイレージは登録できません!」と冷たく、事務的に返事する。
うーん、本当に困った。

「僕はLAから東京へ、その無料航空券で帰ろうと思ってたので、お金がないんです…」と、お情けにすがることにした。
「このままだと、LAのホームレスになってしまいます…」と続けて、うつむいて、ちょっと嘘泣きする。

彼女はびくともせず、顔色も変えずに「規則なので」と答える。
しかし、まあ、こういう冷たそうな女性ほど、実は心の温かいもので、優しいからこそ、表面は冷たくするということは往々にしてあるものなのだ。

特に韓国女性は、男性からアプローチされたら、まず断り、いろんな誘いを断りつづけて、それを乗り越えてきた勇敢な男性だけが韓国女性の心をゲットするという話を、本で読んだことがある。
ここであきらめてはいけない。

とにかく話を続けなくては…。
そこで、「あいらいく・きむち!」と英語で言う。
でも、韓国語のほうが、いいだろう。
そうそう北朝鮮に行った時、同じツアーに参加した美人テレビ局員から教わった朝鮮語があった。

バッグからハサミを取り出して「よく・ちょんぎれる・はさみだー!」(これは、朝鮮語で「よく切れるハサミ」の意味だそうだ)、ハムサンドを指差して「ぱんに・はむを・はさむだー!」(これはもちろん「ハムサンド」の意味)と、続けた。

韓国人美女は不思議そうな顔をして僕を見ている。

そうだ、いま、大韓航空の機内では金大中大統領の韓国観光キャンペーンフィルムを流している。
これを誉めよう。
僕は英語で「あいらぶ・きむじょんいる!」と言った。
彼女の顔がさっと変わった。
しまった!
「きむじょんいる」とは金正日、韓国と敵対している北朝鮮の総書記の名前だ。
僕は金大中(きむでじゅん)氏を好きだというつもりで、間違ってしまった!
「すみません、間違えました」と、素直に謝る。

しかし、ここまでしつこくお願いしたので、韓国美人の心もいくらかほぐれたようだ。
「航空券がなくても、航空券のコピーがあれば、マイレージが登録できる可能性がある、かもしれませけれどもね…」と、ヒントをくれた。

やっとすこし、進展が見られた。
でもさ、使い終わった航空券のコピーなんか、僕が持ってるわけないじゃないか!

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you cannnot seduce a lady,
but only make her sympathize with you


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