043《世界旅行者は巨大黄金仏陀に招かれ、悟りを祝福される》
翌朝僕は、紅山茶賓館のフロントに降りていって、「今日も同じ部屋に泊まりたいんだけど」と聞いてみた。
すると、ちょっと調べて「今夜は今の部屋を使っていいです。でも、明日はツアー客が入ってて予約で満室ですから、本当に今日までですよ」と、宣告される。
こうやって僕は、部屋がないといわれたホテルの部屋を確保した。
ま、だいたい宿泊客がそのまま延泊する場合、ホテルはほとんど間違いなく部屋をくれるものなんだよ。
それが、ちゃんとしたホテルの基本的なルールになっているんだ。
だから、いろいろ言われても、とにかく一泊してしまえば、そのあとの延泊は何とかなるのが世界の常識なんだね。
でも、麗江でも部屋がないといわれたわけだし、確かに、観光客は多いのだから、8月始めの旅行シーズンに大理で名の通ったホテルに部屋がないのは仕方ないかもしれないね。
ツアー客が入っていて明日は泊まれないと最終宣告されれば、明朝は本当に、このホテルを出て行かなければならないかもしれない。
すると、ここで二つの選択肢が考えられる。
一つは、明日、とっとと大理を出てしまうことだ。
もう一つは、なんとか別のホテルに部屋を見つけること。
僕はこの大理という町が、とても気に入っている。
それは、四角く城壁に囲まれた大理古城そのものが、落ち着いていて、居心地がいいこと。
菊屋に限らず、バックパッカー向けの適当なレストランがあって、ビールを飲んでごろごろしても違和感がないこと。
気候も、暑くもなく寒くもなく、過ごしやすいこと(ま、夏は雨季なので、ちょっと雨が多いがそれも、苦にならない)。
護国路には、古本屋もあり、英語のペーパーバックも置いてあるので、菊屋の日本語ライブラリーの文庫本を卒業して、日がな一日、通りに面したオープンカフェでゆっくりと英語の探偵小説でも読んでいたら、それもなかなかキモチイイだろうね。
それに、大理周辺にはまだまだ見るものがたくさんあるんだよ。
だいたい大理そのものがジ(シ耳)海という大きな湖の湖畔に作られた町で、この湖を船で遊覧して対岸の町を訪ねる定番のツアーがあるようなんだ(その客引きのペー族の女の子もうろうろしているし)。
また、湖から大理古城をはさんで蒼山という山がそびえていて、そこへはロープウェイで簡単に上ることができるらしい。
さらに、バスから見たんだが、今までに見たことのない種類の、どうやらお寺の塔のようなものが立っていたのも気になるよね。
近隣には、ほんのちょっと動けば、もっと少数民族の色彩の強い村や、バザールなどもあって、観光資源が豊富だ。
居心地のよさの究極は、ペー族の人たちが漢民族とは違って、穏やかでまじめな感じがするってことじゃないかな。
レストランに入っても、店に入っても、決して押し付けがましくなく、人当たりが誠実で柔らかい。
昔話に出てくる日本の故郷のような、そんな懐かしい雰囲気があるんだ。
まだそんなに日本人には出会っていないが、この大理には、ずーっと居続ける日本人旅行者が多いと聞いたことがある。
もちろん旅行者が長期滞在するという場合は、ナイショの話だが、マリファナが簡単に手に入るというのが、一つの重要なポイントだ。
大理近辺では大麻が自生していて、バックパッカーたちの間では、有名なポットスポット(俗語でマリファナをポットという)なのだとか(これは僕がLAで知り合った、そちらの方面にとても詳しいHくんが教えてくれたんだけどね)。
とすれば、気候はいい、人はいい、食事はおいしい、宿は安く、風景も素晴らしい、その上にマリファナまで手に入るのだから、ここに旅行者が長期滞在するのも、まあナットクだ。
注)現在も簡単にマリファナが手に入るかどうか不明ですし、中国当局に逮捕されると大変な刑罰を課される恐れもありますから、世界旅行者は「大理でマリファナ」はオススメしません。
僕の今回の旅行では、大阪から2泊3日の船で上海へ到着して、上海にたった1泊しただけで、すぐに2泊3日の列車に乗って、雲南省昆明にやってきた。
昆明でも1泊しただけで、そのあと連日移動して、大理、麗江と一応名前の通った町を訪れている。
すると、ここで大理が気に入って、このままづづーっと居続けたとしても、それはそれで筋の通った話にはなるんだ。
旅というのは、メリハリが付いていないと面白くない。
日本から海外に出ただけで気力を使い果たし、最初の町でずるずると長期滞在するのでは、これは完全にダメだよね。
それでは、旅行ではないんだから。
でも、常に移動しているばかりでも、疲れてしまう。
そこで、まともな海外旅行者というものは、高速旅行を続けて疲れたとき、ある町にしばらく落ち着く。
しばらく身体や精神を休めて、それからまた、リフレッシュして、新しい旅に出て、さらに移動を続ける。
これが本格的な長期海外旅行の構造なわけだね。
よく、「僕は一カ国に最低一ヶ月はいますね」と、一か所に長く滞在することを自慢する旅行者がいるが、こんなことをしていたら、世界一周するのに5年も6年もかかってしまう。
それに、一つの場所に長く留まることを続けていると、次の移動先の情報を集めすぎてしまうんだよ。
僕の本「間違いだらけの海外個人旅行」の感動的な後書きにも書いてあるが、「海外旅行は本質的には、未知のもの見知らぬものへの憧れ」なのだから、情報を集めすぎてしまったら、未知のものが既知のものになってしまう。
情報を集めすぎるというのは、海外旅行の本質から外れているんだ。
できるだけ情報を持たずに、新しい国、見知らぬ町へ飛び込んでいくこと
これでなければ、海外個人旅行もツアーと一緒でちっとも面白くない。
だから、本格的な海外旅行としては、このまま大理にいるというのも成立するし、とっとと旅立ってベトナムへ向かうのも同じく成立する。
気分としては、しばらく大理にいたいのだが、問題は、大理に居残るとして、居心地のいいホテルが見つかるか、ってここにかかってるよね。
うーん。
悩むよなー。
こういう風に悩んだときは、とにかく、何かを食べればいい。
脳というものも結局は機械なので、エネルギーを補給して、適度に休ませてやるとうまく動くんだ。
そこで、別に護国路のカフェに行ってもよかったのだけれど、なぜか足は菊屋に向かっていた。
菊屋に行くと、昨日会った留学生が麗江へ行く前に食事をしていたので、僕が朝食を取ってる写真を取ってもらった。


















世界旅行者は2002年7月31日朝
中国雲南省大理、菊屋の前の
博愛路に面したテーブルで朝食を取る
(もう少し博愛路が入るように撮ってく
れたら良かったのだが…。ま、撮影者の
技術や美的感覚を選べないのが個人
旅行の問題点だね)
彼が麗江へ行くからと菊屋を出て行ったあと、僕は一人で青島(チンタオ)ビールを飲みながら、考えてみた。
旅先で、見知らぬ町を見ながら、朝からビールを飲むのは、とてもキモチイイね。
銀座の高級クラブで美女に囲まれながら、高級な酒を飲んで、本心ではなくてお世辞を言われていい気持ちになるよりも、異国の地の安い店で、一人でゆっくりとビールを飲む方が百倍くらいキモチイイだろう。
ま、こんなキモチイイこと、一生知らずに過ごしてしまう人もいるのだと思うと、うれしくって、ニコニコしてしまう。
まあ、明日にならなければ、明日のことはわからない。
"Tomorrow is another day"の訳だって、「明日は明日の風が吹く」から「明日に希望を託して」と軽く変わってしまったくらいだ(?)。
明日になれば、紅山茶賓館も、また部屋が取れる可能性はあるだろう。
しかし、ホテルが混んでいるのだから、毎朝毎朝部屋を取り続けるというのも、落ち着かない話だ。
ということは、別のホテルに移ってしまえば、簡単だってことなんだよね。
つまり、別のホテルで居心地のいいシングルルームを見つければいいだけなのだ、と考える。
そこで、世界旅行者は大理古城の中のガイドブックに載っている宿も、載っていない宿も、片っ端からチェックして歩いて回った。
その結果、シングルルームはこの時期でも十分に見つかった。
もちろんドミトリーならば、全く問題なくベッドは見つかるので、この時期大理へやってくることを考えているバックパッカーの若者の皆さん、ちっとも心配は要りませんよ。
特に一つ、どうやら韓国人経営らしい、新しく出来た宿のシングルルームがなかなか感じが良くて安かったので、それを頭に入れておく。
でも、部屋があることが確認できたので、明日の朝になれば、そのときの気分でいくらでも何とかなるだろうと、この件は今日は考えないで、そのまま放っておくことにした。
一度ホテルに戻って、友人知人に絵葉書を書いた。
ちょっと遅い暑中見舞いになるので、財布に入れてある住所録のコピーを見ながら、10枚程度を書く。
それを、郵便局へ持っていって、切手を買って、貼って、送る。
大理の空から小雨が降ってきたがすぐにまた止んだので、気になっていた塔を見に、大理古城の店で買った地図を手にして、歩き出す。
僕が向かうのは「崇聖寺三塔」だが、実はそこまで歩く気もない。
ちかくに「三塔倒影公園」というのがある。
この公園から三つの塔を眺められるようなので、とにかく、公園まで歩いてみようというわけだ。
三塔倒影公園は、一度きれいに整備されて、それから少し放ってある感じだった。
入場料を払って公園へ入り、三塔の写真を撮る。
この公園の池に映る三塔の影を見るのが素晴らしいということになっているようだ。























大理、三塔倒影公園から
崇聖寺三塔を望む。
ほとんど人のいない公園でぼんやりしていたら、どやどやっと観光客が入ってきた。
日本語が聞こえるので、話しかけると、日本からの団体ツアーで、ペー族の民族衣装を着た女の子が案内係として一緒にいた。
もちろん一緒に写真を撮ってもらう。
彼らは、これからバスで崇聖寺三塔へ向かうそうだ。
僕は正直、塔を公園から見ただけで満足なのだが、そういう話を聞くと、なんとなくたらたら歩いて崇聖寺へと向かう。
で、歩いて到着してみると、崇聖寺は新しく観光客向けに整備しなおされた、大観光施設だった。
それにいままで気がつかなかったのは、団体の観光客は、大理古城の外のツアー用の大型ホテルに宿泊し、バスで大理周辺の観光地を回り、大理古城の中へは入ってこないからのようだ。
崇聖寺の入場料は外国人料金で馬鹿に高く、駐車場には大型バスがずらっと並び、観光客がひっきりなしに入ってる。
入場料が高いので少し迷ったが、なんとなく惹かれる気持ちがして、僕も思い切って入場してみる。
崇聖寺とは言っても、三塔以外はすべて新しく作られたもののようで、観光客を集めるために整備されているが、なかなか施設自体は大きい。
奥までいくと、そこに新しく作られた建物の中に、これもまた新しく作られたばかりだろう、金ピカの仏像が鎮座していた。
で、世界旅行者はすぐに、この仏像が自分を呼び寄せたのだと、わかった。
この仏像は、新しく作られて、金ピカなので、ちょっと見には安っぽく、誰も紹介してくれないので、寂しく思っていた。
そこで世界旅行者を呼んで、「世界旅行者くん、僕の姿も世界中に発表してくれよ。お礼は十分にするからさ」と、ささやきかけたのだ。
世界旅行者は、念入りにこの巨大な仏像の写真を取り、ここに発表することにした。
この仏像は、非常に霊験あらたかなので、みなさんも、ここでモニターに向かって、お祈りをすることをオススメしておきますね。
























世界で最初に公開される。
大理、崇聖寺三塔公園の奥にある
とてもありがたい
巨大な黄金の仏像。
仏像は世界旅行者を呼び寄せ、
その悟りを祝福する。
このあと、僕は、また歩いてホテルへ戻った。
そしてこの夜もまた、菊屋へと足を運んだ。
その夕べ、仏陀の導きにより、世界旅行者は菊屋で、迷える二人の日本人旅行者と出会う。
そこで行ったのが、今伝説として菊屋に残っている、世界旅行者、大理第三夜の説経だ。
その説経の素晴らしさと、それが与えた影響は、次回、語られることだろう。
(「世界旅行者・海外説教旅」043)

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