『世界旅行者の本が百万部売れないこと、それも神の定め』@西アフリカ

僕は、もともと、海外旅行経験者の間では、伝説の旅行者としてその名が轟いていた。
そうして、本格的な旅行者は、僕のことを神のように畏れ、うやまっていた。

しかし、僕は、一般大衆に名前を知られることを避け、その身分を隠した。
社会への発言も控え、山中に庵を結び、昆布茶を飲みながら、ひっそりと穏やかな生活を送っていた。

まるで、三国志の諸葛孔明のような立場だったんだよ。
ただ、いくら静かにしていても、本物の才能の存在を隠し通すことは出来ない。

隠しても、隠しても、どうしても世に知れ渡るもの。
何の活動もしないのに、僕の名前は自然と世間に知られるようになった。

2000年には、ついに出版社から、どうしてもベストセラーを書いて欲しいとお願いされた。
これを例えると、孔明が劉備に三顧の礼で迎えらえたような話だね。

まあ、三顧の礼とは違って、僕は一度会って、酒を飲ませてもらっただけで、ほいほいと、本を書くことを承知した。
諸葛孔明のように、無駄にもったいぶらないのも、世界旅行者のいいところだ。

それで、僕は、ちょちょっと軽く、「間違いだらけの海外個人旅行」を書いた。
するとすぐに、ベストセラーランクに入った。

僕は、本を書けばベストセラーになるのがわかっていた。
だから無事に本が書店に並んだときに、ベストセラー作家としての人生計画を立てた。

「間違いだらけの海外個人旅行」は、噂が噂を呼んで、どんどん売れて、最低でも百万部は行くだろう。
つまり、一億円程度の金(ゼニ)が入る(税金を払うという考えが全く無いことに注意!)。

これだけで、あとは働かないで、なにもせず、静かにのんびりと、生きていくこと。
もちろん、一億円程度の金では、現在の日本の状況では金利だけで食っていけない。

しかし、僕もそう若くはなく、不摂生を続けているので、あまり長く生きられないだろう。
僕の状況だと、ごく普通に考えると、120歳くらいまでしか生きられないかもしれない。

とすると、一年に100万円ちょっと使って、生きていければ、だいたい使い果たすことが出来るだろう(100万円単位になると、お金の計算があまり出来てないことに注意!)。
まあ、一年に100万円で生活するといえば、ロサンジェルス。

だから、僕は本を一冊ベストセラーにして、あとは、LAに行って、ぼーっと過ごすつもりだった。
正直、100万部というのは控えめな話で、常識的に考えれば、100万部行くなら、勢いで、おそらくは400万部程度のベストセラーになるだろう。

そうなると、テレビにも出るだろうし、雑誌取材も山のようにあり、モーニング娘との共演もあるだろう。
また、美人AV女優とのスキャンダルなんかも、出てくることは避けられないよね。

そういううれし恥ずかしい乱れた生活も、まあ一年程度で適当に切り上げる。
そうして、LAのダウンタウンの安ホテルで、なにもせずに静かに生活するつもりだった。

ところが、意に反して、僕の「間違いだらけの海外個人旅行」は、一年も経ったのに、まだ100万部まで売れていない。
これは本当に不思議だ。

本を何度読み返しても、これだけ知的で、独創的で、個人の経験が詰まっていて、いやし系の、素晴らしい内容のものは他にない。
出版社が本当は100万部売れているのを誤魔化して、印税を隠しているのではないか、とさえ疑ってしまった。

しかし、だんだん理解して来た。
つまり、日本人の読者の知的レベルがあまりに低すぎるんだよ。

僕の書くものの根底にあるものは、イギリス風の知的ユーモアだ。
日本のテレビに氾濫している、下品なばか笑いを当然として受け入れているような人たちにはわからない。

また、日本人の海外旅行のレベルが低すぎる。
日本の人たちは、旅行哲学者としての僕の思想が理解できない。

とすると、僕の書くものは、残念ながら、世界標準から遅れた現在の日本社会では、100万部までは売れないのかもしれない。
せいぜい99万部が限界だろうか?

そう考えてみると、過去にも経験がある。
僕が東京都YH協会で海外旅行講演をやって人気爆発したときも、本多勝一氏との論争で、週間文春に写真付き4ページで紹介されたときも、その他のマスコミからの接触はなかった。

一時は本当にカルト的な人気があった月刊誌「GON!」に「世界旅行者みどりのくつしたの旅行ガイドじゃわからない旅」を連載した。
その時に出て来た、僕の本の出版話もいつか立ち消えになっていたっけ。

日本のマスコミは、本当にレベルが低いね。
でも、それは、仕方がないのだ。

日本社会、日本人そのもののレベルが低いんだからさ。
というわけで、僕は、次の本「これが正しい海外個人旅行」では、海外旅行の初心者の皆さまに対して、海外旅行の技術の初歩を噛んでふくめるように解説した。

敢えて自分でラオス旅行をして、それをモデルとして、旅行の実際のやり方を具体的に、懇切丁寧に教えてあげた。
もちろん、ついつい、知的な論理や、その論理をちょっとひねった、知的ユーモアも、どうしても入れてしまったけどね。

海外旅行に興味を持つ一般日本人のみなさんのために、わかりやすく、面白く、また絶対に役に立つよう書いた。
一生懸命に、心を込めて、書いてあげたのだが、これも百万部まで、惜しいところで届かなかった。

そこで僕は、もう、本を書いてベストセラーにすることを諦らめた。
もともと僕は、本を書いてベストセラーにするという、旧式のビジネスモデルを追いかけるつもりはなかったのだから。

近代以前の本というものは、ごく限られた、知識階級のためだけのものだった。
活版印刷が導入される前までは、本は一冊書かれて、それを手で書写することによって広まった。

また、出版業者も、出版業界も存在せず、筆者は有力なスポンサーの力で、スポンサーのためだけに本を書いたのだ。
だから、僕も、有力なスポンサーによって、生活を保証され、スポンサーのためだけに本を書けばいいのだ!

というわけで、現在、僕はスポンサーを募集しています。
30歳代までの金持ちの色っぽい未亡人、または金持ちの両親を失ったばかりの親戚のいない美人女子大生さん、よろしくお願いします。

さて、神によって世界旅行者と定められ、神によってその生き方を決定されている世界旅行者にとって、次の旅先は、すでに決まっていた。

僕は西アフリカに行くことになっていたのだ。
思い返してみると、西アフリカへ行くことは、神が定めたものだった。

今まで、僕の西アフリカへ行こうという計画は、数々の障害のために実現することがなかった。
しかし、その障害もまた、確かに、神が置いたものだった。

神は僕に西アフリカへ行く運命を与え、また、西アフリカへ行けないような状況を設定していた。
2001年になってやっと、僕には、その理由が分かった。

西アフリカに行くことによって、僕の世界旅行は終わり、また、僕の使命も終わるのだ。
次は、そうである僕の運命、神の意思について、書いてみよう。

http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20100221