神に呼ばれた世界旅行者は、アンコール遺跡群で次々と神に祈り、対話する(8月27日)

[midokutsu/ ken the worldtraveller@angkor wat(2002)]
1994年8月27日、シェムリアップのゲストハウス「260(チェンラゲストハウス)」で起きたのが午前5時半。
260の朝食が千リエル。
表の6号線に出ると、屋台がヌードルスープをやっていた。
これを食べると千リエル。
すぐに昨日のタクシーが迎えに来た。
ハッキリくん、バンダナ君と僕はタクシーに乗り込んで、アンコール遺跡見学に出発!
僕の記憶では、1日タクシーを借り切ってアンコール遺跡群を見ると、タクシー料金は一台20ドルだったんじゃないかな。
この時期、プノンペンのキャピタルホテルの情報ノートに繰り返し書いてあったこと。
それは、「アンコール遺跡に入場料を払わずに入る方法」だったんだ。
日本人旅行者の精神の貧しさが本当に表れているよね。
日本人旅行者というのは、遺跡のすばらしさに感動したりしない。
彼らはただ、入場料を誤魔化す話、入場料を払わないで遺跡に入った話。
これくらいしか語ることはないんだよ。
日本人旅行者というものは、本当にひどいものだ。
しかも、みんな同じことを書いていたのだから。
世界に比類ない巨大な遺跡、その遺跡に入るために命をかけたカメラマン(一ノ瀬泰造)もいたというのに。
日本人旅行者がアンコールワットについて語るのは、「どうやったら入場料を誤魔化すか」だってさ。
僕は日本人であることに、非常な満足を覚えたよ。
日本人ってさ、こんなに貧しい精神しか持っていないんだ。
僕自身もたいした人間じゃないが、でも少なくとも僕は、ほとんどの日本人よりはまともだよ。
タクシーの運転手はアンコールワットの入場料を誤魔化そうとしたようだ。
それで、遺跡への左側の道をこっそりと走っていった。
もともとこの時期でもアンコール遺跡の入場料は20ドルだった。
それを15ドルでやろうという話。
みんなから15ドルずつ集めた。
途中で「今日はいつもの警官と違っていたので」とさらに5ドル取られる。
一緒の学生諸君は残念がっていたが、僕は最初から「そんなうまい話はない」と考えていた。
だって、カンボジア人が何を話しているか僕らにはわからない。
そこで適当な話を、でっち上げて、一度しか来ない観光客を騙して、ボッタクルのは当然の話だ。
僕がカンボジアのタクシー運転手だったら、ゼッタイに日本人観光客を騙すよ。
まあそんな当然の話は別にして、タクシーはアンコール遺跡群へ進入する。
その途中で、戦車が動いているのを見たのは、感動的だったね。
だって、遺跡はこれからもずっとここに存在する。
遺跡は動かないが、戦車はどこかへ動いて、いなくなってしまうだろうからね。
昨日夕方に見た、アンコールワットを通り過ぎる。
アンコールトムの南大門を通って、まず「バイヨン(Bayon)」へ。
バイヨンとは、大きな人面の石像が特徴的な遺跡だ。
バイヨンの中へ入ると、中央に仏像があって、そこで祈った。
祈ったあとお腹が変になったので、遺跡の陰に入る。
僕がバイヨンの中で祈ったときに置き忘れた帽子を、カンボジア人の少年が持ってきてくれた。
バイヨンを見て反対側へ出ると、そこに物売りの少年少女たちがいる。
他に観光客がいないので、僕たちに群がってくる。
実際、この巨大な遺跡に、観光客がほとんど見えなかった。
だから、日本人旅行者3人がタクシーで移動して、遺跡へ行くと、物売りの少年少女たちが集まってくるんだ。
絵葉書10枚が2ドル。
アンコールワット図柄のTシャツが3ドルだった。
次に行ったのが、「バプーオン(Baphuon)」だった。
ここにはプールがあったのを覚えている。
バプーオンの上に登ったら、コロラドから来た米国人と会って、ちょっと話をした。
次に「プリア・パリライ(Preah Palilay)」へ。
これは小さなお寺だったが、仏像に1ドルをささげる。
そして、尼僧と共に、全人類の平和を祈った。
ボペアホテルへ寄って、ミネラルウォーター(千リエル)を飲む。
次は、「タケオ(Takeo)」へ。
ここにカンボジアの少女たちがいた。
彼女らに「聖なる牛」へ案内してもらったよ。
ここで、わけのわからない日本人の自称「ボランティアグループ」に出会った。
話を聞いてみると、彼らはただ、ボランティアという名目のただのツアーだったね(笑)。
ただ彼らは、マイクロバスに日本国旗を立てて、結構その気になってたよ。
つまり、ボランティアツアー主催の旅行代理店に騙されてたわけだけどね。
結局この日、僕たちが会った日本人は、このボランティアツアーの日本人グループだけだった。
あの巨大な遺跡群で、そのほかの日本人には出会わなかった。
現在の観光客だらけの状況からは、信じられないようなことだよね。
でも1994年には、とにかく観光客はほとんどいなかったんだ。
このあと、さらに「タプローム(Ta Prohm)」へ向かう。
ここでは、寺院の遺跡に大きな樹がまとわりついている。
これをエレファントツリー(elephant tree)だと説明された。
僕の印象では、この遺跡こそ、僕が昔から想像に描いていた「ジャングルの中に取り残された遺跡」だったね。
「すべての文明は滅びて、ジャングルの自然の中に消えて、忘れ去られる」という印象にぴったりだ。
ただ、現在では、文明がジャングルを滅ぼして、地球温暖化を招き、文明の前にジャングルが滅びるというのが定説だがね(笑)。
タプローム遺跡の外へ出たら、かわいい女の子がいる店があった。
そこでココナッツ(千リエル)と、続いてビール(1ドル)を飲んだ。
さらに、「スラ・スラン(Sras Srang)」へ。
ここは大きなプール。
その向かいの「バンテアイ・クディ(Banteay Kdel)」は、入り口が水没していて入れなかったよ。
これはもちろん、僕が行ったのが8月終わりで、カンボジアは雨季の真っ只中だったせいだろうけどね。
ただ、8月27日は、全く雨は降らなかった。
僕自身が基本的に「晴れ男」だしね。
次に「プラサット・クラヴァン(Prasat Kravan)」へ。
これは今までとは全く様式の違った寺院で、観光客も全く見えず、観光客目当ての物売りもいなかった。
このあとも、いくつか遺跡を見て回ったと思う。
ただ、ノートにつけたメモも、ここで終わってスペースが空けてある。
つまり、メモを取るのが面倒になって、遺跡の名前を書かなかったんだろう。
あとで遺跡の名前書こうと思ったが、放ったままになったんだね。
でも、十年以上前のことだから、どこへ行ったか忘れてしまった。
ちょっと山道を上った記憶があるんだけれど、それがなんだったのか、わからない(これは「プノンバケン(Phnom
Bakheng)」みたいだ)。
いい加減遺跡に疲れて、昼食を取る。
行った食堂で、メニューに料金が書いてない。
ただ、ビーフ焼き飯が3千リエル。
缶ビールが1ドル(2500リエル)だった。
ここまでは値段を聞いて注文していた。
気が緩んだのか、値段を確認せずに、コーラを頼む。
すると、コーラ一缶が1ドルだと!
ビールが1ドルなのに、コーラが同じく1ドルではおかしい!
まあほとんどは運送料なのかもしれないが。
でも、普通の日本人ならば、コーラとビールが同じ値段といわれたら、それは戦わないわけにはいかない。
それでコーラ一缶を2千リエルにした。
でもまあ、プノンペンのキャピタルレストランでコーラが千リエルだった。
王宮前広場で買ったコーラは、2千リエル。
だから、アンコール遺跡群でも2千リエル程度なら、そんなにひどくボラれてないかも。
実際、カンボジアでは料金でそんなにボッタクラレルことはないと思うよ。
ベトナムへ行くと、常に神経を張り詰めてないと、次々にボラれるけどね。
昼食が終わって、いよいよ最後の大物「アンコールワット(Angkor Wat)」へ向かう。
この時期、アンコールワットにはほとんど観光客はいなかった。
橋を渡ってアンコールワット本体に入る手前には、カンボジア人の物売りがたくさんいた。
入り口のところで、おばあさんから線香の束を500リエルで買った。
僕はとにかくまず、とっとと中央塔へ登っていった。
そして、中央塔の6つの仏像に、おばあさんから買った線香をささげた。
これで、世界旅行者としての目的は達した。
世界旅行者は世界中のすべての教会、モスク、寺院、遺跡で神に祈り続けていたのだから。
アンコールワットで祈りさえすれば、世界旅行者にとって、遺跡の見学など実はどうでもい。
しかしもちろん、中央塔に続いて、中央から二段目の回廊を見て回った。
さらに、一番外側の回廊も歩いた。
ただ、同じような回廊を歩くと、特に印象はなかったね。
このとき、観光客がほとんどいなかったので、アンコールワットは僕1人で独占した感じがした。
回廊を歩いても、他に誰もいないんだから。
僕にとっては、中央塔で仏様に祈ったことが大事だった。
外に出ると、両足首、右手首のない女の子がいたので喜捨する。
1994年のアンコール遺跡群で特に記憶に残ったのは、対人地雷で脚が無くなった子供たちだった。
2002年に行った時は、そういう状況はどこにも見られなかった。
政府の方針で、そんな手足のない若者たちは、どこかへ追いやられてしまったのだろう。
実際、1994年は、プノンペンの街中でも、手足の無い人を見かけたものなんだ。
アンコールワットを出て、正面入り口左斜め前方の屋台へ行った。
ここにはフランス人観光客が固まっていて、そこでアンコールビールを飲んで、ちょっとフランス語で挨拶した。
僕にとって、これでアンコール遺跡群の観光は十分。
遺跡というものは、研究者でもない限り、同じようなものをいくら見ても無駄だ。
世界中を旅した世界旅行者みどりのくつした(みどくつさん/みど先生)を、神はアンコールワットへと呼んだ。
そして、僕はその呼び声に答えて、はるばるここまでやって来た。
そして神は、世界の秘密を世界旅行者に語った。
もちろんそれは、僕が語れることではないが。
もし神がまた世界旅行者を呼ぶならば、僕はまたここへ来る運命なのだろう。
でもそれは、1994年の夏には、わかることではなかったが。
(このあと、2002年、2005年と世界旅行者は、神に呼ばれてアンコールワットへ来ました)
【旅行哲学】神は世界旅行者と対話するために、わざわざ呼び出すことがある。
注:時間がないときは、バイヨン(Bayon)、タプローム(Ta Prohm)、アンコールワット(Angkor Wat)を見れば十分です。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080422
