パタヤビーチを歩いて、アンザックホテル(ANZAC HOTEL)にチェックインして、ケンタッキーとピザハットとビールを夕食にする

【これはパタヤビーチではありません/トリニダードトバゴのビーチです(2004)】
ドンムアン空港から大変なトラブルを乗り越えて北バスターミナルへ移動し、午後3時半のバスに乗る。
午後6時半にパタヤ(pattaya)へ到着する。
パタヤは雨で、だんだん暗くなってくる。
マイクロバスでパタヤビーチの海沿いの道を南へ走ると、ケンタッキーフライドチキンが見えた。
それをきっかけに、マイクロバスを降りる。
とにかく、ホテルを見つけなければならない。
道端でバックパックを降ろし、赤いレインコートを羽織る。
このコートは、僕がロサンジェルスのホテル加宝で、来る人来る人片っ端から旅行相談、人生相談に乗っていったときに、若者からもらったものだ。
僕はアメリカへ英語の勉強をしに来た若者に、「英語を深くわかるためにはスペイン語が大事だ」と口からでまかせのことを言った。
そして彼をメキシコへ送り込んだんだった。
ホテル加宝では、そんないい加減なアドバイスはしょっちゅうやっていた。
だから、もちろん僕は、翌日には忘れてしまっていた。
ところが、僕のアドバイスを信じた若者は、すぐにメキシコへ行って、スペイン語を勉強し始めた。
メキシコでホームステイしながら、スペイン語を学んでいた。
すると、メキシコ人のセニョリータにモテモテになって、身体が持たないくらいだったそうだ。
ホームステイの家の娘に迫られた時は、「エッチをしたら結婚させられてしまう…」と、自分を抑えたそうだけどね。
そして、実際、スペイン語を勉強したために、英語の能力もぐんと上昇したそうだ。
これは、彼が二度目にホテル加宝へ来た時、マネージャーに話したことなので、間違いない。
僕がアドバイスをしたときに、彼がすごく感動して、僕に彼のレインコートをプレゼントしてくれたんだ。
折りたたみ式で小さくなるので、いざというときのためにバックパックに入れておいた。
それが役に立ったというわけだ♪
僕は赤いレインコートをすっぽりかぶって、バックパックを背負った。
そして、パタヤビーチの夜に飛び出していったわけだよ。
僕はアドレナリンたっぷりの戦闘モードに入っていた。
戦闘モードに入ると、夜であることも、雨が強く振っていることも、ちっとも気にならない。
アドレナリンの血中濃度が増えて、かえって元気が出てくるんだ。
パタヤをずんずんと力強く歩き、明かりのついた安そうなホテルを捜す。
とにかく、目に入ったところへ飛び込む。
明るいホテルを見つけた。
1階が大きく開いたレストランになっていて、「ANZAC HOTEL」と書いてある。
レストランには5人くらいの白人がいる。
アンザックとは「オーストラリアニュージーランド連合軍」のことだ。
だとすると、東洋人の僕が入るのはまずいのではないか?
普通だったらそこまで頭が回るが、アドレナリンが出ているとちっとも気にならない。
レストランへ入っていって、スタッフみたいな男性に「部屋はあるか?」とズバリ聞いた。
「すごい雨だ」とか「今日、サイゴンから来た」とか英語で話をする。
思い返すと、やはり興奮していたんだよ。
朝サイゴンにいて、北バスターミナルへ行って、パタヤへ着いたら夜で、しかも豪雨だ。
僕と話をした男性(マイク)は、僕の迫力に圧倒されたのだろう。
彼が部屋を見せてくれる。
それが304号室で、ダブルの部屋代は300バーツ。
1994年だと、1バーツは4円と考えられるので、1200円。
これはわるくない。
すぐに部屋を決める。
バックパックを部屋に置いて、レストランへ降りる。
レストランの突き当りには、セーフティーボックス(貴重品入れ)が並んでいる。
「なぜ貴重品入れがレストランの奥にあるの?」と聞く。
すると、マイクは「女の子と部屋で過ごす時に貴重品を置くんだよ」という。
なるほど、パタヤビーチにいる男性というものは、やはりそっち関係だよね。
僕が最初にパタヤに来たのが1980年ちょっと過ぎだったかな。
そのころ結婚していた女の子とツアーに参加したんだ。
ツアーはいろんな人がごちゃ混ぜだった。
ツアーに参加していた若者は、わざわざそういう女性とのお付き合いを望んでいたものだ。
まあ確かに、普通の旅行者がパタヤビーチにわざわざ来る意味はないかもね。
僕はさっき見た、ケンタッキー、マック、ピザハットが入っている巨大モールへ行った。
そして、ピザハットでピザのスライスを3枚(69バーツ/280円)、ケンタッキーでチキンを3ピース(56バーツ/224円)を買った。
アンザックホテルのバーでシンハビールの缶を3個買う(50バーツ×3/600円)。
304号室に戻って、部屋で食事を取った。
僕の部屋には「ライティングテーブル」があるから、食事をしやすい。
ANZACホテルはさすが白人が多いだけのことがあって、設備がきちんとしている。
ダブルベッドがあり、ベッドランプ、ライティングテーブルともちろん椅子もある。
姿見の鏡もあり、引き出しもある。
荷物を置くための台もある。
バスルームには、ホットシャワーが出るし。
トイレもフラッシュするし、洗面台もちゃんとしている。
鏡には曇りがなく、石鹸もトイレットペーパーもあり、タオルもある。
これがすべてきちっと備わっている。
結構まともなホテルでも、部屋にライティングテーブルと椅子がないことも多い。
また、ベッドランプは案外とないものなんだよ。
つまり、ホテルに対して旅行者が期待するものが、すべてきっちりと揃っている。
それでいて300バーツ(この時期1200円)で、1階にはレストランがあるんだから(笑)。
さすがだよ。
外に出たときに、パタヤの情報誌「What's on Pattaya(Aug 24 1994)」を持ってきた。
それを読みながら横になる。
なにか「RAYONG(ラヨーン)」というところの話が多いね。
でも、明日のことは、明日考えればいいさ。
今日は、サイゴン(ベトナム)からドンムアン空港について、パタヤに来ただけでいい。
しかも、居心地のいいホテルの清潔なベッドで眠りにつけるのだから。
【旅行哲学】1994年のパタヤの「アンザックホテル(ANZAC HOTEL)」はステキだった。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080508
