変色した20バーツ札、プノンペンへの切符を入手して、Y嬢と別れ、ドンムアン空港行きの59番バスに飛び乗ると…(8月25日)


【バンコクの交通渋滞@伊勢丹前】

旅に出たときは、僕の朝は早い。
けっこう齢なので起き出すのが普段でも早い僕だが、バンコクになるともっとずっと早い。

まああたり前の話だが、時差が2時間あるのでバンコクの午前5時は東京の午前7時になるからだ。
あたりがまだ暗いのに目が覚めてしまう。

前夜ビールをうんと飲んでいたせいか、トイレに行きたくなる。
しかし、昨日はいろいろと動きまわって疲れているだろう若い女の子と同じ部屋なのだから、起こしてはまずい。

部屋に付いているトイレではなく、ホテルの一階にあるトイレを使うことにする。
旅行者としての必需品の一つが、小型の懐中電灯だ。

安宿にはベッドランプがないのが普通で、だから部屋の電気を消したら真っ暗になることがある。
するとどこになにがあるかわからなくて、あちこちにぶつかったりする。

だから僕はいつもディバッグに、単三乾電池2本を使う小型の懐中電灯を入れている。
普通は寝る時に財布やキーホルダーと一緒に枕の下に入れておくのだが、今回の旅行はY嬢と一緒なので、そこまでの就眠儀式はしていなかった。

というか、昨晩は疲れた上にビールを飲み過ぎて、服やバッグを部屋中に放りっぱなしにして寝てしまったらしいのだ。
手探りで部屋のライトをちょっとだけつけて、ドアを確認する。

トイレから帰って、部屋のドアを閉めるとまた真っ暗になってしまったが、だいたいの見当でベッドへ進む。
足先になにかが当たって倒れる感触がした。

面倒なのでそのままにして、また寝てしまった。
僕とY嬢は昨日と同じくカオサン通りに面した HELLO REATAURANT で朝食を取っている。

カオサンの朝8時は、まだ眠っている。
カオサンは夜が遅いので、誰もこんなに早い時間からは起き出さないのと、動き出す旅行者はもうとっくに動いていなければならない時間だからだ。

僕は朝からいわゆる「スープヌードル」を食べている。
東南アジアに多い、軽いラーメンのようなものだ。

Y嬢はヨーグルトを食べながら、今日の予定を考えている。
「西本さんは何時ごろに出発するんですか?」

「そうね〜、フライトが午後1時半だから、2時間前にチェックインして11時半、空港までが2時間かかるとして9時半に出発かな」と説明する。
実は昨日頼んだ航空券をまだ受け取っていない。

RAWADAトラベルでは「朝一番で切符を用意するから」といって切符を渡す時刻を10時半と指定した。
それでいま述べた計算をして、朝9時に受け取れるようにすると約束させている。

そこで、僕はその9時まで時間潰しをしているのだ。
もちろん旅行経験豊富な僕は、こんな約束を信じてはいない。

いったん金を払ってしまったら、後でいろいろと口実をつけて約束を破るのは旅行業界の常識だ。
日本の旅行業者でも、込み合う時期にはオーバーブッキングを予想していながら、ツアーを送り込んだりする。

現地で予定変更をしてうやむやにごまかしてしまう業者が多い(でも、僕を相手にしたらだめだ。一度こういうことになったが、僕は参加者をまとめて補償金を取ったことがある)。
だから9時の約束を領収書にはっきりと書き込ませてはいたが、実際に切符を手にするのは10時半になるだろうと覚悟をしていた。

でも、なにもすることがないのに時間を潰すのはつらい。
HELLO RESTAURANTの向かいの薄暗いレストランのチェックでもしてみよう。

それから、別のゲストハウスの値段も知りたい。
これは僕が無事にカオサンへ戻ってきた時に泊まるシングルルームの下調べでもあるのだ。

ボーイに勘定を頼んでお釣りを調べると、10B不足している。
ボーイに文句を言うと、奥にいるふとったおばさんが僕が渡した20B札を振りながらお札を見せて指している。

アレレ、やはりちょっとだめだったかしらん。
実は、今朝僕が足で倒したものは、水の入ったボトルだった。

ボトルは倒れるとなぜか自動的に水を漏らし、それは床に散らばっていた僕の貴重品、特に財布をぐっしょりと濡らした。
財布には、不思議なことに、なぜか米ドルとバーツのキャッシュと米ドルのT/Cが入っていた(えっ不思議じゃないってかい)。

さてこの財布は本物のルイヴィトンで、財布の方が中身より常に高額という噂の、僕と一緒に世界一周した由緒あるものだった。
僕は初めて知ったのだが、ルイヴィトンの財布を水につけてそのままにしていると、茶色が出てくるようだ。

当然わが愛しの20B札は茶色に変色した。
といっても、まあほんの一部分、表の60パーセントぐらいだ。

裏から見れば変色はわからないし、目の悪い人なら何とも思わないだろう。
でも、発展途上国ではお札の状態で価値が変わることは僕も幾度も経験している。

だから朝一番にこの変色したお札を処理してしまいたかったのだが。
失敗したようだ。

「10Bとしてなら受け取る」という話を断る。
そんな大損はしたくない。

というか、「世界旅行者」としてこんな失敗が世間に知れたら、大恥をかくことになるからだ(だから、このことは誰にも言わないように!)。
「20Bは絶対に20Bとして使うぞ!」と、固く決意した。

向かいのレストランが"SITDHI RESTAURANT" で、奥がゲストハウスになっている。
値段を聞いてみると、シングルで80B、つまり320円、3ドルちょっとだ。

この値段が適当なところだろうね。
僕たちが泊まっていたJ&JOE はかなり上等なゲストハウスだ。

あんなきちんとした部屋に泊まって、1泊250B(1000円)も払っていては長期旅行は出来ない。
しかし、バンコクに戻ってきてバックパックを背負ってカオサンの目印、民主記念塔付近を歩いていたら「1泊40Bのドミトリーがあるよ」と声をかけてきた客引きがいたので、この値段で泊まれるのだろう。

RAWADAトラベルへ行くと、驚いたことに切符の用意が出来ていた。
10時半を覚悟していたので、少し慌てて部屋へ戻り、バックパックを背負う。

困った!
10時半ごろならば、バスに乗っていてはフライトに間に合わない可能性もあるのだから、タクシーを拾うつもりだった。
しかし、9時ちょっと過ぎならば、タクシーを使う名目がないのだ。

これは神が「タクシーを使って楽な旅行をしてはいけない。バンコクの渋滞をバスで抜けて、フライトに遅れるかもしれないというスリルを味わうのが旅行の醍醐味だよ。じっくり楽しみなさい」と、気をきかせてくれたのだろう。

ちょっとおせっかいだよ〜!
と、僕は心で叫んだ。

しかし、神の意志に逆らってはいけない。
逆らえば天罰が下る。

バスで行かなければならないだろう。
Y嬢とあっさりわかれて、民主記念塔に通じる大通り、ラジャダムノン・クラン通りのバス停に向かう。

通りはほぼ完全にバスで渋滞し、全く動いていないようだ。
ここからドンムアン空港へは、エアコン付きの3番かエアコンなしの59番で行くことが出来る。

しかし、なんだこりゃ!
この混雑は!

エアコン付き3番のバスが渋滞の中にいくつも見える。
だったら、歩いていって先頭のバスに乗るのが賢いだろうか?

それとも本当に3番が空港へ行くんだったろうか?
バス停に、旅行者風の、ディバッグを担いだ日本人を見つけた。

「君も空港へ行くの?」と声をかける。
彼はホアランポーン鉄道駅に行くところだそうだ。

役に立たないので、外人を見つけようとすると、この痩せた日本人は「バスで空港へ行くのは何時間かかるかわかりませんよ。鉄道で行けば確実ですよ」と、聞かれもしないのにお説教を始めた。

でも、彼の情報ソースは僕も知っている(きっと君も知っている)。
日本人学生旅行者がみんな持っている、例のガイドブックだ。

Y嬢が持っていたので、昨夜はこの本の悪口を言って楽しく過ごしたのだ。
本当に自分で経験していたら「僕がバスで行った時は何時間かかって」という言い方になるに決まっている。

一般論でしか話せないのは、ガイドブックを読みあさってわかったような気になっている素人旅行者の証拠なんだ。
こんなやつの言う通りにしたら、とんでもない失敗をする。

59番がゆっくり走ってきた。
白人旅行者が4人ほどバスに跳び乗っている。

あれにしよう!
僕も通りの真ん中に走り出て、手を挙げてバスを止め(つまり、少しバスの速度が緩やかになったという意味だ)開いたままのドアのステップに跳び乗る。

バスはがらがらだ。
僕はバスの前の方に席を取った。

車掌に3.5B払う時に、「ドンムアン空港へ行きますね?」と英語で聞く。
車掌はにやっと笑って、首を横に振る。

さて、僕は空港行きのバスに乗れたのだろうか?
それとも、運命のいたずらにもてあそばれることになるのか?

それは次回のお楽しみ。

http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080412