キャピタルレストランで日本人旅行者を論じる/中山美穂がプノンペンにいるという情報がはいる


[Angkor Wat in the Rainy Season(August/2002)]

その声に、僕は「ほほー、ここにはなかなかまともな旅行者がいたか」と一瞬思った。
日本人旅行者というのは特に東南アジアでは、旅行初心者の学生や若者が多い。

日本人の若者というのは、新しい経験をしようとは考えず、何も考えず、ただ同じレベルの若者同士で同じ話をまわしているだけだ。
だから、僕のような年齢の高い、それでいて知的な感じの紳士にはなかなか向こうから声をかけてこないのだ。

思い出すと、ジャカルタの安宿街の本当に小さな食堂で、隣同士に座っても、学生旅行者数人から、僕はわざと無視されたことがある。
彼らは、低レベルの、手垢の付いた旅行の俗説を互いに交換し合って、こちらから目をそらしていたね。

なにしろそれは、僕が2年8か月の世界一周の終わりがけのころ。
誰が見ても僕が旅慣れていることはミエミエだったはずだ。

そんな僕が会話に入ると、一気にその場を支配するのがわかっていた。
彼らは、中身のない話をすることで、共同体を作ろうとしていたので、僕が入ってくるとまずかったわけだ。

ナイロビで一緒だった40歳過ぎのベテラン旅行者は「昔は旅行情報は同じ旅行者からしか手に入らなかったので、いろいろと話したものだ」と、不平を言っていた。
「近頃はガイドブック通りに旅行してわかったような話をするのがいるから、オレとは話が合わないんだ」とね。

このベテラン旅行者の話には一理あることはある。
しかし彼が若者とつきあえないのは、単純に言うと話がおもしろくないのが原因だと思った。

僕ぐらいになると、話を合わせようと思いさえすれば、女子高生とも話ができる。
発展途上国に赴任した非エリートの日本大使館員と世界情勢について語れる。

社会人の旅行者とは日本社会のくだらなさについて語れる。
また、お年寄りの旅行者とは葬式代の高騰や、あの世について話せる。

僕はどんな人と出会っても、相手に合わせた話題を持ち出せる。
まあ、これができなければ、僕がやったようにすべての国境をすんなりと越えることはできないわけだ。

例えばイギリスの入国ではイギリス流の英語を使って知性と信頼性をアピールする。
中米の陸路国境越えでは空手もできてスペイン語でシモネタジョークをとばせる中国人を演じなければならないのだから。

僕はおもしろそうな旅行者を見つけたら、自分から声をかけて親しくなることにしている。
僕に向こうから声をかけてくるのは、僕をおもしろそうな旅行者だと見抜ける高レベルの旅行者のはずだ。

どんな高レベルの旅行者が声をかけてきたのかと期待して、うしろを振り向くと、な〜んだ、ハッキリ君だ。
でも考えてみれば、ハッキリ君とは今日の昼ドンムアン空港で出会ったわけで、まだ半日もつき合っていないのだ。

まだ完全に飽きてはいないのだから、ちょっと話をすることにする。
「さっきバンダナ君に会ったよ。帰りのリコンファームやってたんだって」と、僕は共通の話題を出す。

「あいつはまだ時間があるのに、なんでベトナムに行かないのかな?」
僕は別にバンダナ君がベトナムに行かないことをどうこう考えているわけではない。

そんなことは彼の勝手だ。
しかし、ここまで来てベトナムに行かないようでは本物の旅行者とは言えないと思っているので、つい口に出してしまう。

「バンダナ君とは僕も会いました。夜遊びに行ってるんじゃないかな」と、ハッキリ君。
「バンコクでプノンペンの往復切符を買ってるので、それでベトナムに行かないんじゃないですか?」とハッキリ君は付け加える。

バンダナ君は、とにかく情報を集めるのは上手だが、プノンペンへ来たばかりですぐに夜遊びに出れるものだろうか。
もちろん、彼はジュライで、プノンペンの情報はたくさん入手していたとは思うけれど。

「確かに、バンダナ君は情報を集めるのは上手だね。社会人になっても課長くらいまでは出世するタイプかな」と、僕は論評する。
ハッキリくんは、「このレストランにある『情報ノート』に、夜遊び情報がたくさん書いてありますよ」と教えてくれる。

日本人の若者で、プノンペンへ、旅行ではなくて、夜の遊びをしに来ている連中も多い。
バンダナ君はバンコクでもジュライホテルに泊まって、ジュライの連中と付き合ってたから、そちらの方に興味があるのだろうね。

それはそれでいいさ。
でも、若いうちから東南アジアに夜遊びに来るようでは、人生は半分終わってると思うけどね。

僕は水商売の女の子とお金を使って遊ぶのは大嫌いなので、この話は止めにしたい。
話題を変えようと、「あそこにいる4人組の日本人、見るからに下品だねー。あの程度の連中は僕は見抜けるんだよ」と僕が言う。

ハッキリ君はまだ僕のすごさを知らない。
「西本さん、本当ですか?それじゃ、あの4人はどういうふうな関係なんですか?」と僕に質問をする。

「まあ、あいつらは個人でインド旅行かなんかにやって来て、結局カルカッタかなんかの日本人の集まるところで一緒になって、それでずるずるとつるんで旅行してるんだ。一人じゃ旅行できない典型的な日本人の弱虫だ」と断言した。

「そうですか〜?」とハッキリ君は言う。
すっと立ちあがり、ずいずいっとその4人組の方へ行き、話しかけた。

おやおや、なかなかやるじゃないか。
知らない人間にすっと声をかけられるというのは、普通の日本人ではない。

ハッキリ君は4人組と5分ほど話をして戻ってきた。
「西本さんはすごいですね!言うとおりでした。聞いたら、みんな一人でインドに旅行して、宿で知り合って、それからずっと4人一緒に旅行しているそうです」と情報を伝えた。

ハッキリ君はなかなかおもしろいやつじゃないか。
はっきりものを言うだけではなくて、はっきりと行動もする。

日本人としては珍しいタイプだ。
これならもう少しつきあっても面白いかもしんない。

「そうだろう。ああいうやつは多いんだよ。それでいて日本に帰ったら最初から最後まで一人で旅行したような話をするんだ。で、インドを放浪したとか嘘ばかりだ。インドについてがたがた言うやつはだいたい北インドをちょろっと旅行して、あとは本を読んで聞いたふうなことをぬかす根性なしばかり。これを僕は『インド旅行者』と呼んでるんだけどね。いまどき時代後れの、他になにもすることのない、女にもてない、友達のいない、最低の連中だ」と、僕はコメントを述べた。

「西本さん、病気じゃないんですか?話したこともない人を、よくそんなボロクソにけなせますね!」
「ハッキリ君、僕は非常に明白な単純な事実を自分の感情を込めずに客観的に言っているだけなんだよ」と、僕は冷静に知的な返事をした。

「ところでその情報ノートってどこにあるの?」
すると、ハッキリ君はレストランのキャッシャー横の釘に掛けてあるノートを持ってきた。

ほー、ここにもあったか。
僕はそう思った。

日本人というものは、おかしな人種だ。
世界中のあちこちに日本人だけが泊まる宿を作るばかりか、そこには必ず日本人が旅に出た感想を書くノートが準備されている。

そしてそのノートの中には、ありふれた、誰でも書ける、あくびの出そうな、自己満足の、面白くも何ともない、読むとへどが出る文章が書き散らしてある。
まあ単純に言うと、パソコン通信によくアップされる面白くも何ともない、誰も読まない、だらだらと長いだけの、自己満足の「旅行記のようなもの」だ。

ただ、パソコン通信と違うのは、旅先の宿の情報ノートの書き込みは確かにそこへ旅行した人が書いているところだろうか。
パソコン通信などになると、旅行もせずに本を読みあさって、適当な旅行記をでっちあげ、それをまた旅行もしたことのない純情な連中が読んで、安易に感激している風景がよく見られる。

さてこのノートをぱらぱらとめくると、予期したとおりのことが書いてあった。
まず誰でもが書く、「日本をこんなに遠く離れて、私は人生を考えています」タイプの安易な即席人生論ね。

でもね、人生をまじめに考えているのなら、バンコクから飛行機でたった一時間のところに来たくらいで、簡単に感動してはいけないよ。
旅行に使う、その金を郵便局の定額貯金にして、貯めた金で老後に備えた方が人生としては、いいんじゃないかな。

次にあるのが、「僕はみんなと違って、こんなに安いものを買いました」という、つまらない自慢話だ。
ここにも、「レストランの表のレンタル自転車は一日1ドル(2500リエル)だが、ちょっと横の自転車屋だと一日2000リエルだ。僕は安く借りた」とあった。

これは情報を与えているのではないよ。
単に「どうだい、僕は君たちより賢いんだぜ」と言いたいだけの自慢話なんだ。

しかしそれをよく読むと、「2時間値切って」とある。
わずか500リエル、日本円で20円を値切るために2時間も貴重な旅先の時間を使ってそれで満足しているのでは、本当は賢くないのではないだろうか?

ちらっとそういう疑問が脳裏をかすめたが、こういう疑問を追求していては長期旅行はできないのですぐに止めた。
それを言うならば、もともと旅行に出ること自体が無駄で意味のないことだからだ。

確かにこういうノートを見るのはおもしろい。
書き込んだ旅行者の学歴・職歴・家庭の事情・将来の人生・旅行のタイプなどの解説付きで、ハッキリ君に読み方を伝授してしまった。

その時、「ミポリン(中山美穂)を見て来ましたよ、西本さん」と声がした。
見ると、バンダナ君だ。

確かバンダナ君は夜遊びに、外へ出ていたはずだ。
すると中山美穂が、日本から映画の撮影かなんかで来ているのだろうか?

しかしよく話を聞くと、この中山美穂とはキャピタルホテルの近くの屋台にいる女の子のことだとか。
屋台にいる女の子が中山美穂そっくりなので、日本人旅行者の間だけで盛り上がっているそうだ。

でも、この時代、プノンペンにいた旅行者連中の間では、この中山美穂の話は定番だった。
旅行者の間では、「中山美穂」というキーワードで仲間意識を盛り上げていたわけだ。

日本人旅行者というものの本質がこれでもわかるよね。
ただ一人ぼっちが寂しくて、旅先で旅行者同士で同じ話をして、傷をなめあっているだけなんだよ(涙)。

僕はもう1本タイガービールの缶を買って部屋に戻り、日記を付けながら飲んだ。
考えてみればこの旅行に出てまだ3日目の夜だ。

昨日までの2日間はY嬢と一緒だった。
Y嬢と別れて、ドンムアン空港で、ハッキリくん、バンダナ君と出会った。

プノンペンへ着いてバタバタと動いたが、やっと今、一人だけの夜を持てた。
自分を振り返れる一人だけの夜を持つことが、人の生きる目的かも知れない。 

僕はここにいる、確かに僕はここにいる。
そして明日は何が起きるかわからない。

僕はこの浮遊感覚に酔っている。
決してビールのせいではない。

僕は旅の中にいることに酔っている。

http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080417#p3