《世界旅行者は神の導きにより、1994年の夏にタイ・カンボジア・ベトナムへの旅行に出た》


【これは残念ながら、2002年のアンコールワット】

僕の連続2年8か月に渡る世界一周旅行の話を聞いている人は、僕がオーストラリアからインドネシアのチモール島へ飛んでアジアへ入ったことを知っている。
さらに次々と島伝いにインドネシア、インドネシアから船でシンガポールへ移動した。

シンガポールをバスで出て、マラッカへ。
その後も、バスと鉄道の陸路でマレー半島を縦断し、バンコクまでたどり着いた時に、僕がどう感じたか、をよく知っているだろう。

アジアは人が多過ぎて、いらいらする。
東南アジアを旅行している日本人は素人が多くて、まともな話が通じない。

その東南アジアに、1994年の夏に行くことになったのは、いつものとおりに神の導き(=成り行き)だ。
それは「世界旅行者協会」の会員、Y嬢の旅行計画を聞いた時から始まった。

Y嬢は、いままでに、行く先々でその土地の人とすぐに非常に親しい友達になってしまうという特技を持っていた。
まあ、若くて純情な女の子なのだから、人から嫌われるはずはないが、ちょっとひとなつっこすぎるかもしれない。

とはいっても、しかし、基本的にはツアーでしか旅行したことがない。
今回はプーケットで友達になった人たちと再会するためもあって、ついでに2か月程タイを中心に、たった一人で旅行するというのだ。

そうすると、おせっかいな僕はつい「チッチッチ(と、舌を鳴らす)、Yさん、そんな甘いもんじゃないんだよ」と説教してしまう。
バンコクという所は大変な所で、空港から宿へたどり着くのが大仕事なんだ。

「地理も不案内で宿も知らないのなら、最初から問題だよね」と、アドバイスしてしまった。
「え〜、本当ですか?でも何とかなります、わたし!」が彼女の答だ。

それは甘い、危ない、と僕は感じた。
つい「僕に暇があれば、一緒に行って、アドバイスしてあげてもいいんだけれどね」と口が滑ってしまったのだ。

「ワーイ、嬉しいな、本当に行くんですか?西本さん」と、Y嬢は喜んでしまった。
さて、僕は「いままでに一度も嘘をついたことがない」と堂々と自称するほどの正直者だ。

いくら東南アジアが嫌いでも、純情なY嬢を喜ばせて、そのあとで「実はちょっと忙しくなって」などという、どこにでもあるありふれた言い訳はしたくない。
となると、8月23日の彼女の出発に合わせて、彼女の乗るパキスタン航空PK671便に予約をいれてみるだけの誠実さは見せてあげたい。

まあ、もともと「誠実さ」などというものは、人に見せるためだけのものなのだしね。
もちろん、夏休みでちょっと高かった切符が急に安くなる8月下旬の、しかも一番安いと評判のパキスタン航空だ。

8月になっているのに、直前に予約が入るとは考えられない。
でも「努力したんだけれど無理だったんだ」という言い訳は、誠実さと正直さが売り物の「世界旅行者」としては、絶対に必要なんだ。

そこで、格安航空券では大手の旅行代理店に電話をしてみた。
「8月23日のパキスタン航空、バンコク行きは無理でしょ?」

「ちょっと待って下さいね。え〜、大丈夫です!料金は4万8千円。いますぐ予約をいれますか?」が、思いがけない答だ。
おっとっと、でも、帰りの予約をいれなければ安い切符は無意味だ。

「今度は時間がないんで、9月3日には帰ってこないと困るんだよ」と、更に押してみる。
「いまはウエイティングになりますが、現地でOKが取れると思います」と、予期したとおりの旅行代理店のリップサービス(=嘘)が始まった。

僕は世界中で、帰りの予約が入らずに切符を捨てることになったばかりか、就職と、ついでにまともな人生まで捨ててしまった旅行者に嫌になるほど出会っている。
こんな見え見えの言葉を信じたら、とんでもないことになる。

「どんなに口がうまくても信頼出来そうでも、旅行代理店の言葉を信じてはいけない」
これは、旅行の基本中の基本だ。

「9月3日に予約が取れたら切符を買うけれど、取れなければだめということでよろしくね」と気軽に電話を切った。
変にうやむやに予約をしてしまうと、もうこの時期になればキャンセル料が発生してしまうのだ。

それに、パキスタン航空を利用してヨーロッパやアジア・アフリカから学生がどっと帰り出す8月の終わりや9月の初めに、いまどきバンコクから東京の予約が入るはずがない。
僕は手持ちの人妻や訳のわからない女や女子大生と、いろいろとやることはあるので、この件はこの件で終わりにすることにした。

さて、人妻や訳のわからない女と行く「世界旅行者協会」の海水浴が、人妻の一言でつぶれたあと、僕はぼーっとしていた。
僕はこの人妻と結婚して彼女の財産で豊かに暮らすという、堅実な人生設計を持っていたからだ。

訳のわからない女は「お金をくれたらサービスするよ!」という。
でも、いくらいい女でも、はいはいと言われるままに金を出すわけにはいかない。

僕が女の子と付き合うのは、愛情があるからで、お金で女の子をどうこうしようとは思ったことがない。
もちろん、お金もないんだけどね(涙)。

女子大生は更に訳がわからない。
かなり前に僕にくれた手紙では「西本さんを21人目の男にしてもいいわよ」という嬉しい言葉をもらった。

しかし、この女子大生は女子高生から女子大生になったばかりで、早く言えば「コギャル」のしっぽをまだまだ引きずっているようだ。

こんな女の言葉をそのまま純情に信じて簡単にパンツを脱ぐと、「おじさん、ばっかじゃないの!」の一言で、からかわれて、ちんちんがシュンとして終わってしまうことも覚悟しておかなければならない(それも話としては面白くないことはないが、自分で経験するのは嫌だ)。

あー、退屈だ。
ちょっとつき合い始めた女も、ぴったしと来ない。

もっとセックスをセックスとして純粋に楽しんでくれればいいのだが、変にべたべたしたつき合いになりそうで、面倒だ。
いっそ旅行にでも出ようかしらん。

旅行に少し気持ちが向いていた時に、電話が鳴った。
借金取りを恐れて、いつものとおりに居留守モードで聞くと、「9月3日の予約が取れましたのですぐ連絡をください」と旅行代理店からの連絡だ。

あわてて受話器を取って「本当に取れちゃったの?」と確認する。
本当に8月23日出発、9月3日帰国のパキスタン航空の予約がすべてOKになったらしい。

これではもうどうしようもない。
行きたくなくても、行かなければならないだろう。

なぜなら、僕の旅行は常に神が決めているのだから。

http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080405#p4