《海を見る。多くの旅人と語る。世界旅行者は旅行のイメージを作り、説経する》

昼食は、本を読みながら、1人でとった。
そのあと、甲板に出ると、太平洋のど真ん中を走っているはずなのに、あちこちに点々と名も知らぬ小さな島や岩礁が見える。
いやー、海とはいっても、案外と、いろいろと変化があるものなのだね。
海にも風景があるものなんだと新しい発見をして、ちょっと驚いて、すぐ船内へ戻る。
燕京号も新鑑真号も日中を結ぶ大型フェリーは、甲板に椅子が少ない。
またかなりの高速で走るためか、甲板で受ける風が強くて、デッキ上に長く留まってはいられない。
さっき説経した医者の卵を見つけたので、包茎手術やプチ整形の話をした。
そこに僕と同じ部屋にいる男性がやってきた。
この二十代半ばの男性は、猛烈に忙しい仕事で消耗して、ほとんど寝る暇も自分の部屋に帰る暇もないような生活をしていた。
そうなるとお金を使うこともないわけで、自然と100万円程度のお金が貯まった。
そこで、仕事をやめて、旅に出てしまったとか。
来年の6月までの旅行期間があるので、自然と、どういうルートで旅をしたらいいかという話になる。
まあ、金もある程度あり、時間も一年近くある旅行者に出会うこと。
その旅行者に、旅のやり方を頭に思い浮かぶまま、あることないこと説経すること。
これこそ旅人の究極の楽しみなのだから、これはおいしい。
世界旅行者は、こんなおいしい旅行初心者を絶対に逃さない。
この若者は、アジアをのんびり旅行して、最後はインドに長期滞在して、そのあと日本に帰ろうと考えている。
もちろん、世界旅行者としては、そんな安易な旅は勧められない。
日本にいたときに相談されたらなら、絶対に中南米旅行に送り出していたはずだ。
だが、中国への船の上で会ったので、それはちょっと強引過ぎる。
しかし、「アジアなんか旅行しても仕方がないから、アフリカに行くのがいいよ」とアドバイスする。
「アフリカだとキリンやライオンとすぐに仲良くなれるよ!」と、興味深い話をする。
ただ、この若者も、仕事をしていて社会経験があるせいだろうか、人の話を純粋にそのまま受け取れないようだった。
なかなか、素直に「アフリカに行きます!」と言わない。
「でも、アジアの方が好きですし、昔からインドにあこがれていたので…」と、煮え切らない。
結局、こういうときの決断力、それが人生を決めてしまうんだよなー、と深く思う。
医者の卵と旅の話をすると、彼は、前回は中央アジアへの旅行をしたとか。
ウズベキスタンの警官がなにやかにやと旅行者に文句を付けて、お金を取るという有名な話で盛り上がる。
彼は、一日一回はやられたそうで、タシケントの地下鉄、バスターミナルは注意した方がいいということだ。
中央アジアのウズベキスタンといえば、もちろん僕も旅をしたことがある。
その話と、また、僕の知人のSくんの話をする。
このSくんというのは、LAで何回か出会った旅行者。
最近会ったとき、中央アジアのビザや入国スタンプを誇らしげに見せた。
そして、中央アジアの国境越えについて、だらだらと自慢話をしてくれたのを思い出したのだ。
Sくんは、中央アジアでは警官や入国管理官につかまって、いろいろと難癖を付けていじめられ、金をせびられたことがある。
そういう時は、彼は二つの手を使って見事切り抜けたという。
その二つとは、「ウソ泣き」と「精神的におかしいふり」だというのだ。
とにかく彼は、ウソ泣きとキチ○イの振りだけで、世界各地を旅してきたというとんでもない男だ。
その話を医者の卵にしてあげた。
すると、医者の卵は「知ってますよその人!」と言う。
あの程度の旅行者が旅行者業界で知られているはずはないと、いろいろと確かめたが、どうも同じ人間のようだった。
だって、Sくんのもう一つの特技が、フーセンを使っていろいろな形を作るという「フーセン芸」なのだからさ。
まあ、旅先で問題が起きればウソ泣き、キチ○イのふりで切り抜け、得意芸が風船アートというのでは、そんなやつは他にはいないだろう。
また、このSくんは、ものすごい大食いで知られているので、そこまで一致すれば、これは本人と認めざるを得ない。
これでもわかるように、案外と、海外旅行の世界は狭いものなんだよ。
だから、旅先で一度会って別れても、思いがけないところで再会するってことはよくある。
彼らと別れて、また1人で「Lonely Planet」を読んでいたが、「ここら辺の観光スポットってどこなのかな?」と疑問がわいてきた。
同じく日本のガイドブックを広げている旅行者を見つけたので、ズバリ聞いてみた。
「早い話、上海から雲南省付近で、日本人がよく行くところってどこなの?」
海外旅行とは言っても、まあ、旅行者に人気のあるところは、決まっているわけだから、そこさえ押さえればいいんだからね。
すると、「日本人が沈没するところは、陽朔(ヤンシャオ)と麗江(リージャン)だと聞いてますよけど…」と、わかりやすい答えが戻ってくる。
麗江は、これは確か、雲南省にある場所で、大理と共に名前だけは聞いたことがある。
ただ、それがどんなところか知らない。
彼のガイドブックを見ると、麗江は、なんと「世界遺産」に登録されている古い町だということだ。
そこに、日本人旅行者がが集まっているのだとか。
それならば、一応、麗江へは行くことにしよう! と決める。
しかし、陽朔とは聞いたことがないね。
「Lonely Planet」をいろいろとめくってみると見つけた。
どうやら、桂林からの有名な川下りをしたところにある、小さな町で、外国人旅行者が長期滞在しているらしい。
「Lonely Planet」の「YANGSHUO(陽朔)」の項目を見ると、「西洋風のカフェがあり、ハリウッドの映画が見られ、ボブ・マーレイの音楽が流れて、バナナパンケーキが食べられる」とある。
この表現では、陽朔は、多分、完全に欧米人個人旅行者の溜まり場になっているのだと想像できる。
こういうところで本当にゆったりと過ごせるだろうか?
その時に、30過ぎの中国人女性が「あなたたちは、桂林にいくの?桂林はネオンがたくさんあっていいところよ!」と日本語で話しかけてきた。
なるどど、つまり、桂林は案外と都会なのかもしれない。
また、その喧騒を避けて陽朔へ行くと、そこには、欧米人の集団がいるってことだ。
それなら、桂林と陽朔は、今回は行かない! と決定する。
桂林には、日本からのツアーがたくさん出ているし、いずれ機会があれば、ツアーででもゆっくりのんびりと旅をすればいいだろう。
ただ、桂林に寄らないとすると、上海から昆明まで鉄道を使うって、60時間以上かかることになる…。
彼の持っていた日本語ガイドブックを見ると、上海〜昆明まで、K79という列車で44時間半、K181で55時間と書いてある。
正直、中国情報については日本語ガイドブックの方が情報は正確だろう。
最新版なので、おそらく、このK79という列車に乗れるなら、本当に45時間程度で行けるかもしれない。
前回の中国旅行で、北京西駅から成都まで約32時間の列車に乗ったこともあるし、まあ二泊三日の列車の旅ならば、乗れないことはない。
問題は、列車の切符が入手できるかどうか、そこにかかっているんだけどね(笑)。
確かにこのあと、上海からの切符を買うのはとんでもなく大変だとわかるのだが、それはお楽しみにね。
だから、45時間程度で昆明にいけるなら(つまり、列車の切符が入手できるなら)、列車で行くことにしよう。
もし列車の切符が取れないなら、飛行機でひとっ飛びしてしまえばいいだろう。
昆明行きのやり方は、この二つと決めて、あとはその場の状況でどちらかに決めればいいさ。
これ以上の考えはないし、これ以上考えても悩んでも、それはもう無意味だ。
夕方になってまたデッキに出る。
船の前に広がる日暮れの空に、同じような大きさの雲のかたまりがずらりときれいに一直線に並んでいるのを見る。
きっとあの雲のラインで、大陸の空気と太平洋の気団がぶつかっているのだと考える。
そうしてあのラインを越えて、中国大陸へ入っていくんだ…。
夕食のあと1人でビールを飲んでいたら、昼間会った旅行者が次々と話しかけてきて、5人ほどになった。
ビールを飲みながら盛り上がる。
キャミソールの女の子は、家庭環境から、小さいころからあちこち海外旅行をしてきたそうだ。
やはり海外経験が豊富らしく、話をすると面白いし、感覚も合いそうだ。
これは、彼女と一緒に雲南省への列車に乗るという運命かもしれない。
その運命を受け入れる覚悟を決める。
1人、ウルムチへ行くという旅行者がいた。
行き先をヨーロッパへ変更させようと、「若者が辺境ばかり旅行するのはダメだ。まず、ヨーロッパの高度の文化に触れないと向上心がなくなるよ」と説教をする。
キャミソールの女の子も、ヨーロッパへ長期滞在したことがあるので、二人でヨーロッパがいいという話を叩き込む。
11時過ぎまでビールを飲みながら盛り上がったが、自動販売機のビールが売り切れてしまって(それとも電源が切られたのか)お開きにする。
今日は、たくさんの旅行者と出会い、話をして旅行のイメージがだんだんできてきた。
また、いろいろ説経もした。
その説経は、その場限りのものだから、自分でも内容はあんまり覚えていないが…。
だから、この文章を読んだ人は、海外旅行者の説教、アドバイスというものは、その場限りのもので、特に根拠はないのだと、理解していて欲しいものだね。
たくさん話をして、うんとビールも飲んだ。
これが、旅行者がわざわざ日本から中国へ船で行く理由、船旅の楽しみなんだよ。
カフェテリアでは船が主催して、遅くまでカラオケ大会が開かれていた。
そういえば、明日はもう、上海到着なので、お別れパーティってことなんだよね。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080824
(「世界旅行者・海外説教旅」027)