《上海から昆明行き人気列車の、翌日の硬臥切符を買うなんて、そんなこと絶対に無理です!》

【上海浦江飯店】
切符を買いに行くのは、中国通の緑靴好男くんを中心とした男性2人女性2人のグループ。
僕が加わって全部で5人になった。
女性の一人はキャミソール姿の女の子で、つくづくこの女の子とは縁がある。
僕と結婚する運命なのかも…、と考える。
浦江飯店を出て、裏の通りへ出て、僕がタクシーを二台呼び止め、分乗する。
僕は気の弱そうな男の子と一緒に2人で乗る。
先に緑靴好男くんと二人の女の子を乗せた車が走り出し、僕と若者を乗せたタクシーが後に続く。
若者は、「あーん、見失ってしまう…」と心配そうだが、車を見失っても問題はない。
行き先は、上海駅に決まっているんだ。
ただもちろん、人が多いだろう上海駅で、先に出た連中と再会できるかどうか、それはわからないよ。
実は、二台に別れた時点で、僕には「ま、見失って別れてしまってもそれも人生」という達観がある。
横に座っている若者は、せっかくグループになった旅行者同士で別れたくないという執着があるようだ。
その執着、それこそが人間の悲しみの根源なんだよね。
生きているということは、出会いの連続だから、出会ってしまったら必ず別れがある。
しかし、別れがなければ、新しい出会いはない。
だから、別れたら、また新しい出会いを見つければいいだけなんだよ。
ま、僕の場合、結婚していた女性と別れて以来、それっきり新しい出会いはないけどね(涙)。
と、達観してタクシーに乗っていた。
すると見事にもう一台を見失ったまま、上海駅に着いてしまった(笑)。
一緒の若者は、他の人たちを探そうという気持ちであちこち見回しているが、僕は目的を上海駅見学に切り替えて、駅前の売店の商品をチェックしてあるく。
すると売店の台の上に「上海市区交通地図」を見つける。
まあ、役にたとうがたつまいが、ある場所の地図というのはお土産にもなることだし、無条件に購入する。
するともう一つ小型の本を見つけた。
それが「全国鉄路旅客列車時刻表」という、中国の鉄道時刻表の最新版だ。

【上海駅で買った時刻表】
これは、買おうか買うまいか迷ったが、値段も安いので話のネタにと一冊購入する。
ま、これが、実際とても役に立ったんだけれど、それはあとで話してあげるね。
まあ、僕は、上海駅へ来て、面白そうなものを入手したので満足、満足!
次に駅の中でも見物しようかしら、と思っていたところに声がかかる。
「西本さーん♪」
あれっ、世界旅行者の名前を、上海駅の前で呼ぶなんて、いったい誰だろう。
もちろん、僕の名前は、ちょっとでも海外旅行に興味のある知的な日本人の間では、知られまくっていて、顔もみんな知っている。
また、海外旅行では、一度出会った人と、また別のところで再開することも珍しくはない。
この声は、グアテマラで出会ったあの女の子だろうか。
ひょっとしてイタリアで会った何人かの女性の1人だろうか。
イスタンブールで一緒に酒を飲んだ女の子たちの1人だろうか。
それとも西アフリカの、または、インドのトリバンドラムで、ひょっとしてLAで?
もしかしたら、オーストラリアで、と頭は猛烈な回転を始める。
すると、目の前に現れたのは、なんと、別れたばかりのキャミソールの女の子だよ。
ま、これでわかることはだね、「いま別れたばかりの人のほうが、昔別れた人よりも再会する可能性が多い」という「海外旅行定理」だね。
緑靴好男くんもやってきたが、もう一人の女の子がいない。
その女の子はなんでも中国語もペラペラで、窓口で今日の南京行きの切符を買って、一人で行ってしまったらしい。
しかし、長距離の列車は駅の窓口では買えなかったとか。
普通の日本人旅行者は、長距離の切符が欲しいわけだから、上海駅ではちょっと無理みたいだ。
さて、一緒の仲間の行く先を考えてみよう。
緑靴好男くんはウルムチへへ硬臥(ニ等寝台)で行くつもり。
キャミソールの女の子(うーん面倒だからキャミ子ちゃんと名前をつけておこう)、キャミ子ちゃんは上海から南へ下り、ベトナムへ抜けるつもり。
もう1人の男の子は、まず広州へ行くことを考えているらしい。
みんな長距離だから、硬臥の切符を希望している。
が、硬臥というのは希望者が多くて、中国ではなかなか手に入りにくいものなのだ。
僕も、タテマエとしては、雲南省昆明へ二泊三日の硬臥で行くつもりということになっている。
でも、おそらく切符はないだろうから、それを確認して、飛行機に乗るという計画だ。
まあ、最初から飛行機に乗るのでは、世界旅行者としての立場がないからね。
「一応列車の切符を捜したんだけれど、無理だったんだよー。飛行機なんか使うつもりはなかったんだけれど、硬座(二等椅子席)では、とても耐えられないからね」というのが、言い訳だ。
だって、まあ、硬座というのは一応指定席ではあるらしいのだが、指定券を持ってない人がどんどん乗り込んできて、ほとんど身動きが取れないという噂の、とんでもなく大変な列車らしいんだ。
若者ならば、青春の一ページの記録にしておけば、一生自慢話になるだろうが、僕はそこまでやる気はないよ。
また、軟臥(一等寝台)もあるが、これは、見知らぬ人と4人のコンパートメントだと、居心地が悪い。
実は、僕は敦煌(への駅、柳園)からトルファンまで軟臥に乗った。
そのときはたまたま日本人のツアー客と一緒で、それなりに面白い話ができて楽しかった。
でも、、話の通じない中国人と二泊三日はちょっと止めて欲しいしね。
「結局、切符は取れかったんでしょ?」と、最初から諦めている僕は、答えを求める。
すると「これから、近くのホテルの外国人用切符売り場へ行きます」との返事がある。
ガイドブックを見せてもらうと、「(上海)駅の西側の龍門賓館の中にある外国人用切符売り場で12日後までの切符が買える」とある。
僕としては、まあ、3日後程度の切符が取れればいいが、ま、取れないだろうと考えている。
みんなでホテルへ歩きながら、僕も中国が初めてではないのでウンチクを話す。
「中国はとにかくダマシが多いから、注意しないとだめだよ」ってね。
その龍門賓館の横には、大きな看板を掲げた旅行代理店が見える。
僕は、「これが外国人用切符売り場だと思うと、それが大違いで、この旅行代理店は、間違ってやってくる外国人をカモにしている代理店だってこともあるんだよ。ホテルの中にあるんじゃないかな」と言いながら、みんなを引き連れてホテルの中に入る。

【龍門賓館の中の外国人用切符売り場】
ホテルはちゃんとした普通のホテルだ。
特に切符売り場があるようには見えないが、ボーイに聞くと、指差した先に窓口がある。
お見事、やはりさっきのホテルの横の誰でもわかる旅行代理店はニセモノだった。
で、ホテルの中で出来るだけ見つけられないように、ひっそりと営業しているのが本物の外国人用切符売り場なんだよ。
その切符売り場からは、白人が数人、ガッカリしたような顔で出てきた。
その表情からは、とても希望の切符が入手できたとは思えないね。
「外国人用の切符売り場で切符が買えると思うと、そうはいかず、切符は旅行代理店に横流しされている、それが中国という国なんだよなー」と、小さくつぶやく。
みんなが窓口に並ぶが、先頭に並んだ緑靴好男くんは、中国語がかなり出来るようで、窓口のお姉さんと話をしている。
しかし、ウルムチまでの切符がなかったようだ。
「西本さん、ずっと硬臥の切符がないので、僕は3日後の硬座で敦煌(柳園)まで行きます」と、蒼い顔で絶望の声を出す。
硬座で敦煌までって、その意味は、40時間以上も硬い椅子に座ったまま、中国人にびっしりと囲まれて身動きも出来ないままだよ。
それは、ある意味、ほとんど自殺行為だと、彼のために心の中で手を合わせてお経を唱える。
次のキャミ子ちゃんは、上海からちょうど24時間程度かかる、南の広州まで行きたいようだが、やはり一週間ほど硬臥は取れない。
「どうしよう…」と振り向いて迷っていたが、結局軟臥(一等寝台)を入手した。
若い男性は3日後の硬座はあると言われたそうだ。
が、「硬座は疲れるので…、どこか別の旅行代理店に当たって、なんとか硬臥を取ります」と、諦めて、窓口を離れる。
早い話、一緒に来た3人は、自分の目的地までの硬臥を希望して、見事に全滅だ。
僕は別に気にならない。
最初から硬臥が取れるとは、期待してないからね。
紙に「硬臥、上海→昆明、7月26日」と明日の日付を書いて、窓口の女性に見せる。
明日の26日はもちろん取れないだろうが、そのあと、27日、28日、29日と日付を変えて、チェックするつもりなのだ。
取れるはずもないが、取れないならその時のこと、キャミ子ちゃんと一緒に軟臥で広州へ行ったって悪くはない。
きっと神様は、キャミ子ちゃんと一緒に広州へ行くように、定めているのだろう。
窓口の女性は、僕が出した紙を見て、コンピューターにデータを打ち込んで、顔を上げて、僕を見て、ニヤッと笑った。
笑ったのはなぜだろう。
「突然やってきて翌日の昆明行きの切符が欲しいなんて、身の程知らずの馬鹿日本人、この田舎者!バカタレ!」と思ったのだろうか。
しかし、ここで、思いがけない、誰も信じられない、驚天動地の答えが戻ってくるのだった。
ま、それも仕方ないかもしれない。
だって、僕は、神に守られた、世界旅行者先生様なのだから!
その答えとは何か、そして、世界旅行者はどう反応するのか、それは次回のお楽しみ!
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080819#p3
(「世界旅行者・海外説教旅」029)