《世界旅行者は大理を歩き、日本人女性と語り、日本人旅行者の巣「菊屋」を発見する》

【大理の菊屋(2002)】
僕が紅山茶賓館の前の護国路に見たものは、バックパッカー御用達の、欧米人旅行者向けに作られた店の連なりだった。
当然そこには、道路に面したオープンカフェがあり、物欲しげに通りを眺めている東洋人、西洋人の旅行者の皆様がたくさんいる。
バンコクのカオサン、カトマンズのタメル地区、バリのクタビーチ等、アジア特有のバックパッカーストリートの典型だ。
こういうところに来さえすれば、世界旅行者には何の不安も恐れもない。
というのは、ここにいる旅行者の感覚、それを相手の土産物屋、レストラン、旅行代理店のの雰囲気は、僕が長年慣れ親しんだものだからね。
世界旅行者はまず、ホテルの前の護国路を西へすすみ、次の博愛路との角に立ち、ちょっと北へ進みゆっくりと道の反対側を見た。
ここに「ハッピーカフェ」という日本人御用達の食堂があるはずなのだ。
世界旅行者は、もちろん大理にやってくるまえに、新鑑真号の中や浦江飯店で出会った日本人旅行者諸君から、大理の情報はすでにいろいろと手に入れている。
彼らのガイドブックを見せてもらって情報を得ている。
この交差点付近に「ハッピーカフェ」「菊屋」という日本人の溜り場のレストランが書いてあったので、それを捜してるってわけね。
もちろんそれはガイドブックの情報だから、完全に信じることは出来ない。
海外旅行の状況というものは常に変化し続け、店は潰れ、移転し、また新しい店が出現するものだからね。
だから、メモっておいた場所に店がなくても、ちっとも驚かない。
なるほど、「ハッピーカフェ」というのは潰れたんだな…、と思うだけだ。
思い返してみれば、昆湖飯店でも、昆明の町を歩いていても、日本人学生が旅をしているだろう7月のオワリだというのに、不思議なほど日本人旅行者を見かけなかった。
日本人旅行者というものは、いっせいに同じところに行くという特性があるものだ。
例えば、僕が2000年の夏にラオスに行ったときも、ラオスの爆弾事件が話題になっていたせいか、日本人旅行者にはほとんど出会わなかった(「これが正しい海外個人旅行」参照)。
新鑑真号の中で出会った旅行者も、日本人の沈没地は「麗江」だと言っていた。
すると、日本人旅行者諸君はいっせいに大理から麗江へ移動している可能性がある。
とにかく、日本人旅行者というものは、自分の主体性なんかかけらもない寂しがりやさんだらけだ。
つねに集団をつくり、そのなかで互いにほめ合って、意味もなくつるんでいる連中ばかりなんだから。
するともう一つの日本レストラン「菊屋」も、存在しないかもしれないね。
いや、菊屋というレストランも、きっと潰れているだろう。
そう思って、今度は南側を見ると、それらしいレストランが目に留まらない。
「つまり、日本人は大理からどどっと麗江へ移動して、大理の日本人向けレストランは潰れたんだな…」と、軽く、あっさりと結論付ける。
しかし、日本人レストランがないならば、大理にいる日本人は確実に護国路に並ぶ店のどれかにいるはずだよ。
世界旅行者は、護国路に並ぶ店に、日本人がいないかどうか、道の両側のレストランをチェックしながら、ゆっくりと歩いてみる。
日本人ぽい男性を見つけたので、「すみまっせん、キミ日本人(Excuse me, but are you Japanese?)」と英語で話しかけると、中国人だと英語で返事が戻る。
次のそれっぽい男性は韓国人で、次のカップルは台湾人だ。
しかし、ここまで日本人が見つからないなんて、それはありえないよ。
絶対にいるはずだ…。
さらに目を鋭く光らせて、左右の土産物屋、レストランをじろーっと見ながら歩いていく。
と、紅山茶賓館の出口の横にあるレストランの道端のテーブルに20歳前半くらいの東洋人の女の子を一人発見した。
すぐに「Excuse me, but are you Japanese? 」と、声をかける。
すると、あっさり無視される。
僕は「日本の女だな」と確信した。
今度は日本語で「あーよかった。ここで初めて日本人に会いましたよ」と、話しかけて、彼女の横に座る。
日本ではこんなあつかましいことはしないし、出来ないし、またするつもりもない。
というのは、日本にいる普通の女の子と知り合っても、もともと話すことなんか、ないんだからさ。
おそらくは、共通の興味も、共通の話題もない。
共通の興味があるとすればセックスのことくらいだが、僕は女の子を自分の方から口説いたことがないので、こちらから誘うことはないんだよね。
今までの経験では、女の子の方から「世界旅行者さん、お願いですから、迷惑かけませんから、一度お付き合いしてください…」と言ってくるんだ♪
この重要ポイントを勘違いして失敗する女の子が多いので、注意しておきますね。
旅先になると、日本国内での一般的な出会いとは違う。
旅行という共通の話題、共通の興味があるものだから、誰とでも話す意味がある。
また僕自身は今現在、男性でも女性でも、とにかく大理の情報を知るために、日本人旅行者と知り合う必要があるんだ。
しかも、「海外で旅行者同士が出会ったら、とことんあつかましくしてもいい」という海外旅行定理がある。
ま、僕が作ったものだけどね。
この日本人女性旅行者は、なかなか男慣れをしている感じがする。
「なんなのよー、おじさん」という無礼な態度だ。
確かに海外の旅行先で出会う日本人男性旅行者などというものは、あまりモテる感じはしない。
だから、ちょっと世間を知っている女の子ならば、別に無視してもいいんだよ。
そこで僕は奥の手を出した。
つまり、2002年の夏前に出版されたばかりの、世界旅行者先生の第三弾「大人の海外個人旅行」を取り出した。
「いや、僕はこういうものを書いてるんだけどね」と見せたんだ。
さらに、本の中にたくさんある(こういうときのためにわざわざ載せておいた)自分の写真を指差して、確実に著者だと確認させる。
そうすると、ただのおじさんとは違うと、女の子も理解が出来たようで、話しやすくなる。
「大理には日本人っていませんよねー。この通りを歩いてきたんですけど、日本人はキミが最初だよ。なにか情報なーい?」と、ズバリと聞く。
「どんな情報?」という。
「日本人の集まるレストランとかさ〜?」と答える。
すると、「昨日の夜に、菊屋というところに行ったよ」との答えが返る。
えーっ、菊屋は移転か何かしても、まだ存在するのか!
それでは、その場所を聞かないと…。
で、その場所を聞くと、どうやら最初に僕が考えた場所と同じようだ。
ということは、菊屋は昔のままのところにあって、ただ僕が見つけられなかったってことかな…??
別の女の子がやってきて、「あれ、ナンパされてるの?」と、話しかけてきた。
どうやら女の子は二人で旅行をしていて、たまたま僕が話しかけた女の子が、一人でいたらしいのだ。
さらに話をすると、この二人は、日本の某国立大学の理科系の学生だった。
確かになかなか頭も切れて、男遊びもやっていそうな人たちだ。
きっと二人きりのところでは「それで、あの男のチンコがさー(爆笑)」と言い合ってるだろうと、自然に軽く想像できたね。
でも、頭のいい女と話すのは僕が一番得意なことだ。
いろいろと適当に面白がらせて、適当なところで「それではーっ!」と、別れる。
これで大理のだいたいの様子がわかったからね。
僕はその後、実際に博愛路に面した「菊屋」をはっきりと確認した。
日本人相手の店がガイドブックに書いてある通りに存在するわけがない、と思い込んでて、最初のときは菊屋が見えなかったようだ。
大理の中央大通りの復興路を歩いて、両側に並ぶ店を見て歩いた。
欧米人が好きそうな洒落た土産物屋、薬局、酒屋、何でも屋、本屋、などを冷やかし、絵葉書をセットで購入する。
角の郵便局へ行って、その場で三枚ほど絵葉書を書いて、送る。
絵葉書の写真では、麗江というのは古い町並みの静かな滅びかけた古都のようだ。
これはなかなかいいね。
もちろんここまで来たら、麗江へ行かなければ話にならない。
紅山茶賓館向かいの旅行代理店へ行って、明朝の麗江行きのバスを予約する。
僕はホテルの部屋へ戻り、静かに瞑想をして心を落ち着けた。
というのは、菊屋に行く前に、この大理にどんな旅行者がいようとも、絶対に勝利する心を作らなければならないからだ。
僕は今まで、世界中で、どんな日本人旅行者と会っても、一度も負けたことがない。
世界旅行者の百戦百勝の歴史に、大理程度で傷をつけるわけには行かない。
「どんなやつに出会っても、徹底的に潰してやるぞっ!」と、念じて、僕はすっくと立ち上がった。
そして、新しいTシャツに着替えて、トイレに入って、オシッコを搾り出し、鏡を見る。
「今日は、絶対に誰かをつかまえて、説経してやる!」とつぶやく。
なぜって、この旅行記は「世界旅行者・海外説教旅」なんだからさ。
そして、これが、今も大理に伝説として残る「世界旅行者、大理菊屋での三夜連続説経」の始まりの夕べだったのだ。
オー怖い…(笑)。
(「世界旅行者・海外説教旅」039)