《大理/第三夜の説経、なぜ説教が始まり、なぜ突然終わったか》

大理の菊屋に最初に入って、面白いやつが来ないかと粘っていた。
すると、前夜見たことのある、コーチャン(日本人の工学部学生)がいた。
そこにイーちゃん(日本人の医学部学生)がやってきて、会話を始めた。
しかし、2人とも会話が下手なので続かない。
コーちゃんが突然、「ここの旅行ノートを読んだんですけれど、世界旅行者という人が、いろいろ書いてましたねー」と言い出した。
おいおい、そちらに走ったか。
僕が旅行ノートに3ページも書き込んだのは、大理の説経第一弾で書いておいたよね。
「菊屋の旅行ノートに書いた世界旅行者」といえば、僕しかいないよ!
まあ「世界旅行者」という言葉自体が、僕が作ったようなものだ。
だから、僕の名刺にも「世界旅行者みどりのくつした」と印刷してあるんだしね(笑)。
この世界旅行者についての話の発展の方向は、僕にはわかっていたので、止めなければならないと決意する。
ほうっておくと、世界旅行者の悪口になると理解していたからだ。
日本人は話が面白くない上に、農村共同体の感性が染み付いている。
農村共同体というのは、みんな同じ考え方を持って、同じ行動をする。
こうでないと、田植えや稲刈りなどの共同作業、水利権の分け方などに問題が出てくるからね。
だから、日本人は、そこにいない誰かの悪口を言うことで、仲間意識を確認することになる。
日本人の共同体、日本人そのものは、他人の悪口を言うことで自分が排除されてないという安心感を得るんだよ。
つまり、日本の学校にどこでもあるイジメは、もちろん学校のクラスルームにあるだけではなくて、職員室の先生の中にもあるんだ。
それを取り締まる教育委員会にもあるし、警察署の中にもある。
日本そのものがイジメをシステムの中に組み込んだ社会なんだよ。
日本人は、ほうっておくと、自然に、そこにいない他人の悪口を言いあうことで、目の前の相手との共通性を確認しようとするんだね。
だから、日本のマスコミは、その悪口をいう対象を提供することが、存在理由になっている。
日本人がヒステリックに個人攻撃をするのは、昔だと、有名な疑惑の銃弾「三浦和義」があったよね。
あの時は、日本中が三浦和義の悪口を言うことで盛り上がったものだ…。
最近では鈴木宗男が犠牲になり、次はなぜか田中真紀子がマスコミの攻撃対象になった。
が、田中真紀子の場合はマスコミは失敗したようだ。
日本国民全体が一緒にイジメることができる対象を探している。
日本のマスコミは、いじめの対象を次々に紹介するという重大な社会的機能を持っている。
だから、日本人の話の基本は、そこにいない誰かの悪口になるんだよ。
僕の横にいる2人は、日本からはるか中国雲南省の大理古城の日本人食堂、菊屋にまで来た。
それなのに海外旅行の面白話も続けられず、社会論を語ることもできない。
なんにも話のネタを見つけられずに、結局、そこにいない誰か他人、世界旅行者の悪口を言おうとしているんだ!
もちろん、どんな悪口を言うのか、それを聞いているのも、興味深いことだろう。
ただ、昨日漏れ聞いた話の状況からも、この二人の学生はあんまり頭が良くない。
頭の良くない人間の話をいくら聞いても、何の役にも立たない。
それに、あまり自分の悪口を言われた後だと、僕が割って入るのが難しい。
悪口を聞いてしまったら、いくら僕だって、素直に話ができない。
話しかけられた相手も気まずいだろうからね。
僕は、話の面白くない人間とでも、相手が2人なら、話は簡単に盛り上げられる。
今日はあちこち歩き回って疲れてもいたので、別の人間が出現するのを待つのも面倒な気持ちになってもいた。
そこで、コーちゃんが世界旅行者のことを話そうと口をあけたその瞬間に、僕は話しかけた。
「すみません、その世界旅行者って、僕なんですけど」ってね(笑)。
2人はちょっとびっくりした。
僕は2人の気持ちは無視して、話に割り込んだ。
話に割って入ったらすぐに話の主導権を取って、2人の基本的な情報を話をさせるように持って行った。
そしてすぐに、取って置きの、説経を始めた。
まず第一に語ったのが、「権力はどこから来るか?」という大問題だ。
「キミたちは、これから大学を卒業して、出世したいと思うだろうけれども、その出世の結果つかむ権力とは何か」と、問いかける。
なぜ人は権力を欲するのか!
そして、「権力とは、どんな女とでもセックスできる力だ!」と定義付けた。
それから、さまざまな例を挙げて、「権力はセックスである」と論じる。
例えば、「なぜ、たかが運送業でしかないJALやANAが、日本で一流企業であると考えられるか」ってことだけどね。
航空業界が一流企業であると認識されている理由、それは単に「会社に美人が多く集まるから(美人とセックスできる可能性が高いから)だ」とかね。
これは、誰でも納得できる理論でしょ。
次に、「日本社会の問題点は、すべてセックスの抑圧から生じている」という話もした(と思う)。
「一流企業では社員同士で乱交パーティをしている」という本当の話も、してあげたのをぼんやりと覚えているね。
この話は、さらにどこかでディープに語ることもあるかと思うので、がんばって付いてきてください。
日本の企業では、サービス残業が常識になっている。
「これこそが、日本社会に法律がない証拠だ」とも言ったね。
日本社会というのは、法律や社内規則に明示された通りには動いていない。
これが、日本社会が世界から取り残されている根本原因なんだよ。
でも、日本のメディアはもそこを指摘しない。
日本のメディアは、日本的な(明示されていない)サークルの中にあって、世界的なメディアの相互批判から逃げている。
たぶんこういうことを話したんだと思うよ。
まあ、この2人の知的レベルでは、僕の言ったことの20パーセントも理解できたとは思えないけどね(涙)。
さらにビールを飲みながら、その場で思いついたことを、面白おかしく、いろいろ語ったと思う。
が、僕自身は何を言ったか、実は記憶にない。
ただ、2人はなぜか、非常に感動したようだ。
まあ、旅先で退屈していたら、話の面白いおじさんがいろいろ語ってくれたのだから、うれしくなったのは間違いない。
僕がいいというのに、僕が持っていたノートに彼らのe-mailアドレスと、感想(「世界旅行者さんのお話で、世界の新しい見方がわかりました」とかね)まで書いてくれた。
僕は一気に語って場を盛り上げた後で、あっさり「それじゃあ、ここら辺でお開きにしようか。僕は朝が早いし」と、終わりを告げた。
その理由は、だね、「ビールを飲みすぎてトイレに行きたかった」からなんだ。
でも、昨晩も留学生くんとビールを飲みながらどんどん話をして、途中でトイレには何回も行った。
なぜ今日はトイレを我慢して、話を終わりにしたか。
ここがポイントだよ。
昨晩の留学生はかなり頭がよくて、自分を持っていた。
で、実際に僕と共通点があって、僕もいろいろ話したかったんだね。
でも、今日の、コーちゃんとイーちゃんは、基本的には僕とは合わない、タイプの違う(知的レベルの低い)人間だったんだよ。
だから、僕が言ったことを本当に理解できているとは、思えない。
僕が一人でトイレに行くために席を立ったら、知的レベルが元に戻ってしまうだろう。
2人で話をして、「あの人の話は、ちょっとおかしいんじゃないか」という共通認識が生まれる可能性があったんだ。
それだと、ちょっと気まずいからね。
だから、一番盛り上がったところで、2人を連れて店を出て、あっさりと別れたんだよ。
2人と別れて、紅山茶賓館の自分の部屋のトイレで、大量のオシッコを排出してホッとした。
また護国路へ出て、オープンカフェでビールを飲みなおした。
今夜の話は、異常に盛り上がった。
あの2人の若者は、本当に感動していたようだ。
大理古城の空を見上げると、そこには上弦の月がかかっている。
僕は思った。
「となると、僕は明日、大理を離れることになるだろう…」と。
(「世界旅行者・海外説教旅」44a)