《世界旅行者は雨の大理を出て昆明へ、長靴を履いた謎の老人と出会って、昆湖飯店で名前を呼ばれる》

【大理の紅山茶賓館】
翌朝、大理紅山茶賓館、211号室。
目が覚めてホテルの窓から外を見ると、小雨が降っている。
大理付近は、夏が雨季なのでしかたないが、気温も高いので、特に過ごしにくいわけではない。
ただ、どの季節でも雨の朝は、なんとなく気分が乗らないね。
昨日寝る前に、今日、大理を出ようと心に決めていた。
その理由は、昨夜菊屋での説経がなかなか素晴らしかったからだ。
あれ以上の説教は、まずできない。
少なくとも今回の旅では無理だろう。
昨夜は自分でも何か話したい気分になっていたし、学生2人もなかなか扱いやすいタイプだったからね。
いろいろ感動的な話をした手ごたえは、はっきりと、ある。
その自分自身が語った内容のほとんどを覚えていないのが残念だが。
ただ問題がある。
今日も大理にいるとすると、また菊屋で食事をするだろう。
昨日のイーちゃんとコーちゃんに会うことだろう。
一度盛り上がったのに、翌日また会っても、昨夜ほどの盛り上がりはないに決まってるので、話のオチとしてはよくない。
ものすごく盛り上がったら、とても楽しい出会いがあったら、旅人はその場所を捨ててあっさり立ち去るべきだ。
二度と戻ってはならない。
一つの出会いを伝説にして封印するのがいい。
そうして一生に何度も思い出せる、貴重な「いい想い出」を作ることができるわけだ。
逆に、たかが旅先の適当な酒飲み話に、そこまでこだわらないのが旅だ、という考え方も成立する。
僕にとって大理は居心地のいいところだなのから、このままだらだら過ごしていてもいいんだ。
紅山茶賓館からは今日追い出されてしまう。
昨日見つけた別のホテルに移動することも、可能性としてはある。
でも、もし大理から昆明へ移動するなら、バスで5時間かかる。
昆明へ着いた後で、さらにいろいろ翌日の手配をするつもりなら、なるべく早く出発した方がいい。
部屋で考えていても仕方がない。
とにかく外へ出ることにした。
「菊屋へ行って、また朝飯を食って、ビールでも飲みながら考えよう!」と、ホテルをチェックアウトする。
バックパックを背負い、菊屋へ向かう。
すると、菊屋はまだオープンしていなかった。
昨日は、菊屋で食事をしたのが午前9時ちょっと過ぎで、今が8時過ぎ。
今朝は来るのがほんの少し早かったみたいだね。
雨が急に強く降り出してきた。
バックパックを背負ったまま、折り畳み傘を広げる。
急に、強烈な、旅への衝動がわいてくるのを感じる。
僕にはわかっている。
ここで菊屋が開いていなくて、雨が急に強くなったってことは、「もう大理にいてはいけない」ってことなんだよ。
そのまま、菊屋の前の博愛路で、下関行きの小型バスを待つ。
バスは10分ほどするとやってきたが、通勤時間帯のせいか、バスは人で一杯だ。
バックパックを持ったまま車内へ入ると、車掌のおばさんが、入り口の横の隅にバックパックを置くようにと合図をするのでそれに従う。
その上、わざわざ座っている人を立たせて、僕に席を作ってくれた。
漢民族の普通の中国では、こういうことはまずありえないはずだが。
前にも書いたと思うが、大理の人たちは、昔の日本人のように、控えめで、穏やかな感じがする。
顔を見ても、日本人そっくりな人が多い。
つまり、あるタイプのよくある日本人の顔、っていうのだろうか。
だから、バスの車掌のおばさんの親戚に、僕によく似た顔つきの人がいるのかもしれない。
バスは下関の町へ入り、途中で人が降りていって、終点へと着く。
終点とは、ただの小汚い道端だが。
そこに、マイクロバスが3台くらい並んで停まっているだけだ。
車掌のおばさんに、表情でありがとうと告げて、バスを降りる。
が、昆明へのバスターミナルの場所がわからない。
バックパックを担ぐ前に、いつも持っている大型のノートに「汽車站(バスターミナルの意味)」と、大きく書く。
目の前の大通りに出て、そこにいた女の人にノートを広げて「汽車站」という文字を見せる。
迷ったジェスチャーをする。
するとすぐ右側を指差され、ちょっと歩くと、昆明や麗江から到着した時に見た、大きなバスターミナルがあった。
すぐに出る昆明へのバスに、席が見つかる。
午前9時半発の「0086便」、座席は通路側の30番。
隣の席に、カタコトの日本語を話す中国人ビジネスマンが座った。
彼は日本語の単語を使って、多分日本語の練習という感じで、話しかけてくるが、それを軽くあしらう。
下関の町を出て大きなトンネルを抜けたころには、彼は僕に興味を失ったようで、静かになった。
走るのはすごくいい道路なので、バスのうなりに身を任せながら、菊屋からもってきた文庫本を読みふける。
来た時と同様に2時間半ほどしたら、トイレタイムがある。
昆明からのときは「トイレ+土産物屋」という感じのこじんまりした所で停車した。
今度は大きなサービスエリアに到着したようだ。
たくさんのバスや車の停まった駐車場を、大きなトイレや、ビルや、屋台が取り囲んでいる。
ここでみんなぞろぞろとトイレを済ませる。
時間もちょうど12時なので、食事もできるように休息時間が多く取ってあるようだ。
問題なのは、バスの出発が何時なのか、休息時間が何分なのか、言葉が通じないので、わからないこと。
もちろん時計でも指差して聞けばいいのだが、聞いた答えがそもそも信用できるかどうか、それもわからない(涙)。
こういうときは、同じバスに乗っている乗客の中で目立つ人を見つけて、その人の雰囲気に注意していれいい。
まだ時間があるか、何をしていいか、見当がつくものなのだよね。
さらに、バスを常に視界の隅において、注意を払っていることね。
僕はこういう、途中で休息が何回も入る長距離バスの旅には慣れている。
長距離バスを降りる時は、自分の乗ったバスのナンバープレートや、バスに書いてある番号をメモしておくこと。
というのは、ちょっと目を離したときに、バスが停車したところから、運転手の気分でバスが移動していることも、よくあるからね。
自分の乗ってるバスの色なんか、覚えているようで、案外とわからないものなんだよ。
トイレを済ませて他の乗客の動きを見ていると、だいたいみなさんは、食事をしに動いているようだ。
僕も何か食べに、屋台の方へと歩く。
ぐつぐつと煮えたぎって、いかにもおいしそうな鍋焼きの麺が5元(70円)だが、見た目ほどはおいしくなかった(涙)。
一人、同じバスの乗客の中に、気になる人を見つけた。
雰囲気が、明らかに普通の中国人とは違う。
顔つきからも、普通なら、日本人だろうと思う。
しかし、このおじいさんは、長靴を履いているんだ。
確かに今は、ここは雨季だが、だからと言って、日本からわざわざ長靴を履いてやってくるだろうか?
日本人がいまどき、長靴なんかはくだろうか??
ということは、日本人ではないかも…。
それに、日本人ならば、僕に話しかけてくるはずだ。
なぜなら、僕は、わざと時々、日本語で大声で、ひとりごとを言ってるからね。
バスを降りる時に、わざと「あー疲れたー!」とか「トイレ!トイレ!」とか「飯を食うかなー!」とか大声でしゃべってるんだよ。
日本人が乗っていれば、僕が日本人だとわかるはずなんだ。
同じバスに乗って大理から昆明に行くのなら、もし同じ日本人ならば、こういうミールストップの時間に、ちょっと声をかけるものなんだけどね。
最近、中国もものすごく進歩しているし、いろんなタイプの人もいるだろうし、日本人に似た雰囲気の人も出てきているだろうさ。
別に日本人かどうか確かめる意味もないと、僕からは話しかけないことにした。
というのは、話をする理由は、話が面白いから、というのが重要だ。
で、話が面白い日本人ならば、とっくに向うから僕に声をかけているはずだしさ。
40分ほど休んで、またバスに乗り込んで、昆明へ向けて出発する。
昆明市内に入って、ちょっと渋滞に巻き込まれた。
それを除いてはすんなりと、イヤにゴタゴタした汚いバスの並ぶ変な駐車場に到着した(午後3時)。
バスを降りて、トランクからバックパックを取り出して、とにかく背負って、みんなが行く方に歩いていく。
これがなんと、昆明の長距離バスターミナルの裏側だった。
昆明も小雨が降っていたが、またとことこと歩いて、懐かしの昆湖飯店へたどりつき、前回と同じタイプの部屋を取る。
これが2410号室、70元、と言ってもエレベーターが壊れているので、歩いて上る5階だ。
前回の6階よりも、少しは楽になったので、喜んでチェックインする。
荷物を部屋に置いて、明日の予定を考える。
昆明の近くの観光名所、石林へいこうか、それともすぐにベトナム国境へ向かうか…。
ベトナムへ向かうならば、やはりここは、フランスが作った山間を縫う有名な狭軌鉄道で河口まで行かないと話にならないが…。
うーん、どうしよう。
でも列車に乗る乗らないは別にして、河口への鉄道が出る昆明北駅へ行ってみて、状況を見なければ。
明日昆明を出るのならば、今日切符を買いたい。
とにかくタクシーを捕まえて、今からぶっ飛ばして、昆明北駅へ行くことだ。
トントントンと、昆湖飯店の長い階段を下りる。
階段の角を回ったところで、すれ違った人から声をかけられる。
「あれ、世界旅行者さんでしょ!」
えーっ、ここにも僕を知っている人がいるのか!
昆明の有名なバックパッカー宿、昆湖飯店の階段で、声をかけられた。
いったい誰だろうか?
そして、これからの展開はどうなるのか?
アッと驚く展開の待つ、それは次回のお楽しみ!
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080812#p3
(「世界旅行者・海外説教旅」#45)