《旅先の情報は、ウソでも本当でも、重要なヒント、神のアドバイスだと受け止める》

【昆明から開遠へのバス】
昆湖飯店で、世界旅行者は階段ですれ違った日本人旅行者から声をかけられた。
ちょっとびっくりはしたが、そんなものでしょうと、すんなり受け入れる。
新鑑真号の中でも、「みどくつさんですか!」と声をかけられたことを覚えている人もいるだろう。
世界旅行者としての僕の名前は売れに売れているので、ちょっとでも海外個人旅行に興味を持つ人ならば、当然知っている。
「キミと、どこかで会ったのかなー?」と、聞き返す。
だって世界旅行者は、出会った人に絶対忘れられない印象を残し、世界各地で様々な伝説を作ってきたからね。
僕を知っている人はたくさんいる。
ただ僕は、自分からは人の名前と顔をほとんど覚えることがないのも、特徴なんだよね。
早い話、僕のように旅先で片っ端から人と出会っていると、それを義理堅くいちいち覚えていたら、データが多すぎて脳味噌が膨張して頭蓋骨が爆発してしまうしさ。
だから、出会った人のことはどんどん忘れるような脳の構造になっているようだ。
彼から「旅に出る前に、世界旅行者さんの本を買ったばっかりで、写真を見ましたから」という感動的な言葉が戻る。
なかなか育ちのいい、性格のいい、素直で、まともな判断力を持った人間のようだね。
ま、僕の本の特徴は、とにかく僕自身の写真を何枚も入れてあるってことなんだ。
特に彼が買ったのが「大人の海外個人旅行」だった。
「大人の海外個人旅行」には、世界旅行者がきれいな女の子と一緒の写真、世界各地の名所旧跡をバックにした世界旅行者の写真がテンコ盛りなんだよ。
本を買った人が僕と出会ったときに、「わーい、世界旅行者先生だ♪面白いお話を聞きたいから、おごってあげようかな!」と気がつきやすいように、仕掛けをしてあるってわけなんだ。
声をかけてきた彼を「亜瀬尾覚像(あせお・かくぞう)」くんとしておこう。
僕の旅行記では、その名前を見れば、どういう人かわかるような、非常に緻密な、高度の文学的技法が施してある。
亜瀬尾くんは、ちょっと太り気味で、全身にうっすらと汗をかいているってこと。
これからどこへ行くのか、聞いてみる。
旅行者同士が出合ったら、とにかく聞くことが「どこから来て、どこへ行くか」これに決まってるからね。
「ベトナムへ行こうとしたら、列車が走ってないみたいで、迷ってるんですけど…」という情報たっぷりのお言葉だ。
僕自身がベトナム国境の河口への鉄道路線のことを考えていて、これから昆明北駅へ調べに行くつもりだった。
そこに、「鉄道は走ってない」って情報が何の努力もせずに入手できたのだから、これはとても調子いい。
彼は、自分で鉄道駅へ行って確認したのではなくて、昆湖飯店に入っている旅行代理店でこの話を聞いたとか。
僕は、彼の言葉だけで、鉄道を利用する考えをあっさりと捨てる。
というのは、旅先ではいる情報は、それが真実であろうとウソであろうと関係ないんだよ。
ある情報が入る意味は、その情報を考えて旅をするべきだという神からのヒント、アドバイスなんだからね。
もともと考えていたのだが、この「昆明〜河口」の鉄道に乗ること自体は、旅としてはたいして面白くない。
ただ単に、山間を縫う狭軌鉄道という、鉄道マニアでもなければ、興味を持たないような、どうでもいい鉄道路線なんだよ。
普通の人が誰でも興味を持つような話ではないんだ。
上海駅で入手した時刻表によると、列車は夕方に昆明を出て、朝に河口へ到着する。
すると、結局、列車ではほとんど寝ているだけで、風景を楽しめない。
昆明〜河口のルートは、雲南省の山岳地帯を走っていて、その風景がなかなか素晴らしいようだ。
鉄道オタクならば、この鉄道の特殊性が知られていて、列車に乗っただけで満足だろう。
僕にとっては景色が見えなければ意味がない。
この路線は、もともと狭軌なので安定が悪く、鉄道線路の状態もよくないと考えられる。
山岳路線なので、振動が大きくカーブだらけで、まともに寝れるかどうかも、不安だ。
注意して欲しいが、ここで僕は鉄道が本当に走っているのか、いないのか、そこは深く考えていない。
走っていないという情報が手に入ったことで、「鉄道に乗らないと運命付けられている」、そう考えるんだ。
そこで僕は決断した。
鉄道はやめて、河口までバスで行くことにしよう。
しかも、景色が楽しめるように、昼のバスで…。
亜瀬尾くんは特に用事もないということで、誘って一緒にバスターミナルへ、歩きながら話をする。
彼は、日本から香港へ飛んで、鉄道で広州へ入り、広州から夜行列車で昆明へやってきたという。
昆明があまりに大都会なのでイヤになって、このままベトナムへ入ってしまおうかと迷っている。
僕は、「昆明はちっとも面白くないよ。大理へ行った方がいい。大理はとってもいいところで…」と、大理の素晴らしさ居心地のよさを、十年もいたかのように語ってあげた。
もちろん、僕は大理にはたった3泊しただけなんだけどね。
バスターミナルで、亜瀬尾くんに、ホールの壁面にある大きなバスの時刻表を指差して説明する。
大理行きのバスがたくさん出ていること、バスはトイレ付きでとても快適だということ。
「明日でも、自分の好きな時間に来れば、大理へのバスにはすぐに乗れるから」ってね。
僕は、その場で、翌日の切符を買う。
ベトナム国境の河口行きではなくて、そのルートの途中にある開遠という町までだ。
だって、窓口で聞いたら、昆明〜河口はバスで約11時間かかるらしいからね。
昼間にバスに11時間乗り続けというのは、ちょっと疲れそうなので、遠慮したい。
夜行のバスもあるのだが、それでは景色が見えないしね。
たった一本しかない昼間の昆明発河口行きのバスが9時45分の出発で、それから11時間かかるなら到着は夜の9時だよ。
夜中に知らない町に着いて、ホテルを探すというのは、勘弁して欲しい。
世界中で、国境の町というものは、もともとたいして見るものもないのだが、国境というだけで、それなりに興味を引くものがあるんだ。
そうなると、河口を軽く歩いてみたいよね。
すると、一気に河口へ行かずに、途中で切ってしまえばいいことになる。
そして、途中の大きな町といえば、開遠になる。
ただ昆明から開遠へのバスの所要時間は、たった3時間らしい(本当かどうかわからないが…)。
本当は、これはちょっと短すぎる。
ま、できるなら5時間程度先だったら、次の日が楽なんだけどさ。
というのは、河口まで本当に11時間かかるならば、計算上は、次の開遠から河口へは8時間。
8時間ならば、開遠を朝出発すれば、まだ明るいうちに国境へ到着できるだろうからね。
開遠から河口までのバスの情報は手に入らないが、たいして気にしない。
旅ではとにかく現地に行けば、なにか絶対に、その町に住む人にとって便利な交通機関があるものなのだからね。
ということで、昆明を明日午前11時に出発する、開遠行きのバスの切符を買う。
到着が午後2時の予定。
これなら、ホテルを探したり、町をぶらぶら歩いたり、食事をするところを見つけたりできる。
もちろん次の日の河口への切符を買ったりするのに、問題はないだろう。
明日の予定を決めてしまったので、ちょっと早い感じがするが、亜瀬尾くんと夕食をいっしょにする。
昆湖飯店の近くで、英語の看板を出しているレストランがあった。
メニューをチェックして、特に高くはないみたいなので、道路を見下ろすテーブルに着く。
亜瀬尾くんは、ここで「実は、旅が面白くなくなってしまいました」と告白した。
それに対して世界旅行者は、的確なアドバイスをして、ちょっと説経も付け加えた。
次回、この亜瀬尾くんとの対話の中で、海外個人旅行の恐ろしい真実が明らかにされることになる。
期待して待て!
注)ここに、「謎の長靴老人」のエピソードのオチを加える予定
(「世界旅行者・海外説教旅」#46)