《人は、最初の旅の幻影を追い求め続けるが、二度と手にすることはない》

【昆明から開遠へのバス】
亜瀬尾くんと2人で、北京路を見下ろす、ちょっと張り出したテラスのテーブルで中華料理を取って、二人で分けて食べる。
中華料理の楽しみ方は、誰かと一緒にいろんな料理を取って、食べるのが基本だね。
このレストランは英語のメニューもある観光客向け。
一皿が20元〜25元(300〜400円)とちょっと高くて、青島ビールが大瓶一本6元(90円)。
中国旅行は東南アジアに比べると交通費、宿泊費など案外と高い。
が、食事がおいしくて、ビールが安いのはとてもキモチイイよね。
おいしい食事と安いビールがあれば、話もどんどん弾むってわけだよ。
旅先では、とにかく互いの旅行話を交換するだけでも、なかなか盛り上がるからね。
亜瀬尾くんの旅行予定を詳しく聞くと、彼はもともとシルクロードの町ウルムチを経由して、カシュガルからクンジュラブ峠を越えて、パキスタンへ抜けるつもりだった。
これは僕が1999年に通ったところなので、よーしうんと大げさな話をしてびっくりさせてあげよう!と心に決める。
が、彼はその計画を諦めたという(がっくり!)。
彼が香港から広州、昆明へと来る途中で、旅に対する情熱があっさり消えてしまった。
彼は、数年前に、彼の最初の長いアジア旅行の経験がある。
その時は、チベットのラサからランドクルーザーを外国人とチャーターしてネパールへ抜けたのだとか。
初めての旅にしては、なかなかすごい話のネタを作ったものだよね。
僕だって、ラサからは、5千メートルの高原を寝台バスで抜けて、ゴルムドへ行っただけなのに…。
旅というのは、旅行者の想像力と覚悟さえあれば、何でもできるものなんだけれどね。
旅のことをいろいろ説経してあげようと思っていた僕のほうが、逆に、ラサからカトマンズへのルートや料金など詳しく教えてもらった。
確かに彼の最初の旅行の話を聞くと、チベットからネパールへ陸路越えして、インドを放浪するという大胆で、度胸のある、面白そうな旅行だ。
問題なのは、最初の旅行ですごいことをやってしまって、今回の旅に情熱がなくなっているってことらしい。
正直な話、旅は、初めてというだけで魅力的だ。
旅の知識がなければないほど、経験するすべてのものが驚きに満ちている。
だから、最初の旅が一番興味深く、心に残るものなんだよ。
例えば、僕が最初にシンガポールへ旅したとき、このときはただ町を歩くだけで、まわりの世界がきらきらと輝いていた。
飛行機にチェックインして、シートに座って、食事を食べお酒を頼むだけでも、一つ一つが大冒険だった。
予約していたホテルの部屋がシャワーだけでバスタブが付いてなかったとき、ホテルと部屋を変えてもらう交渉した。
部屋を変えてもらっただけで、大事業を成し遂げた高揚感があった。
その初めての経験が、次々に積み重なっていくことで、まるで夢の世界にいるような、自分が完全に違った人間になったような気持ちがした。
旅に慣れてしまうと、ホテルの部屋を変えて貰うことも、あらかじめ旅行トラブルのパターンの一つに入っている。
トラブルが起きても「またか、面倒だよなー」と、ウンザリするだけで、新鮮さも、感動もない。
亜瀬尾くんも最初の旅行だったら、中国の鉄道に乗るだけで、とても新鮮な感動的な経験だっただろう。
でも、一度経験した後、二度目、三度目になれば、列車に乗ることも、列車で寝ることも、ただ長い時間潰しに過ぎない。
ではなぜ旅をするかというと、多分、最初の旅の感動が、また得られるかもしれないと、どこかで期待しているってわけなんだろうね。
もちろん、一度旅をしてしまったら、最初の旅の感動は、絶対に戻っては来ない。
それは、きっと恋愛も一緒だよね…。
本当に人を好きになった経験があったら、次には絶対にそんな恋愛はできない。
恋愛を繰り返す人は、きっと最初の恋愛の記憶を追い求めているだけだ…。
と、僕はあっさりと簡単に哲学した。
亜瀬尾くんは、この日、昆明のベトナム領事館へ行って、ビザをもらってきていた。
旅行代理店でベトナム行きを相談していたら、ベトナム領事館の場所を教えてもらたのだとか。
このころベトナムビザが昆明で取れるという話は聞いたことがなかった。
パスポートを見せてもらって、そのビザを確認する。
彼はビザを今日申請して今日もらうために、領事館員の家まで押しかけて行ったそうだ。
領事館員の名刺までもらってきていた。
なかなかすごい根性だね。
2004年1月1日から、日本人はベトナムへノービザで2週間滞在できるようになった。
だから、ビザの情報はあまり意味ないけれどね。
もちろんこのベトナム領事館も、さらにどこかへ移動したとの噂も聞いた。
もし探したかったら、昆明の旅行代理店に聞けばすぐに教えれくれるだろう。
亜瀬尾くんに、「君は移動続きで、旅に疲れちゃったんだよ」と慰める。
「そんなときは、一つの場所でとにかくゆっくりと休むことだ。大理は居心地のいいところだから、そこで考えたらいいさ」と、アドバイスする。
こう言った理由は、せっかく中国のビザをもっているのに、あっけなく中国を出てしまうのは、もったいないと思ったからなんだけどね。
ところが、2003年9月1日から、中国も15日以内の滞在についてはビザが不要になった。
結局、2004年からは、中国とベトナムの間を、行ったり来たりすれば、ずっと旅を続けられるってことなんだから(笑)。
他にも旅の話やなんかで結構盛り上がったが、僕はとっとと部屋に戻ることにして、彼に別れを言う。
菊屋の本棚から持ち出して、バスの中で読んでしまった本を2冊、菊屋へ戻すように頼んで、彼に手渡す。
彼とはまだ話したりなかったので、心残りだった。
でも、旅では、また会いたいと思った人には、必ずまた、どこかで会えるものなのだ(この旅行記を読んでいれば、また亜瀬尾くんに会えるので、楽しみにね♪)。
レストランを出て、ホテルの近くの食料品店で青島ビールを一本3元半で二本買って、自分の部屋でゆっくりと飲む。
今朝は、大理古城の紅山茶賓館にいたが、今は昆湖飯店にいて、明日の開遠への切符を持っている。
旅が気持ちいいのは、自分がどこにいて、これからどこに行くか、それがはっきりわかっているところだ。
そして、明日のことは明日にならないとわからないので、明日のことは考えられないってこと。
なにしろ、明日行く開遠という町がどんなところか、わざわざ行く価値のあるところなのか、それもさっぱりわからないんだから。
で、開遠から本当に、河口へのバスがあるのかどうか?
ま、多分、あるだろうとは思うんだけどさ。
でもバスがなかったら…。
その時はまた、昆明へ戻ってくればいいだけだ。
なるほどと感心して、コロッと寝てしまいましたとさ。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080901
(「世界旅行者・海外説教旅」#47)