《ベトナム、ラオカイを前にして、河口を探検する》

【河口からラオカイへの国境の橋】
夕方ごろに河口へ到着すると覚悟していたら、なんと午後2時という真昼間に着いてしまった。
計算では午後4時半の予定。
遅れを見込んでも午後の6時くらい。
それからホテルを探して、ちょっと河口をうろついて、一泊して、翌日の朝一番で国境を越えるつもり。
ところが、今はまだ午後の2時だよ。
これは困った…。
ところで、なぜ世界旅行者が中国とベトナムの国境の町河口に、午後2時に到着して困っているか、わかるだろうか。
困っている理由はね、午後の2時というのは、まだまだやろうと思えば、まだ何でもできる時間だから。
今からこのまま、すぐに国境を越えれば、するりんこと、ベトナムに行けてしまうんだ。
ベトナム側のラオカイから、鉄道に乗れば、とっととベトナムの首都ハノイへも行ってしまえることだろう。
でも僕はハノイへ直行なんてことはしないけどね。
というのは、日本を出る前に、なぜかラオカイから一時間程度山に入ったサパという避暑地、また山岳民族のいる村、が大人気だという情報がいやに入ってきていたからだ。
このサパという町は、欧米人の間ではかなり知られているらしく、ハノイからツアーで観光に来るような特別な場所らしい。
正直僕は山岳民族には全く興味がないので、ハノイからなら、わざわざ時間とお金をかけてまで見に行くキモチなんかないよ。
が、すぐ近くを通って、簡単に行けるなら、あえて避けることもない。
せっかくラオカイへ国境を越えるのだから、当然、サパへ行くことになる。
午後2時を過ぎて、国境を越えてラオカイへ入るのはいい。
でも、サパへ行く交通機関が簡単に見つかるか、それはまた別の話なんだ。
だいたい、アフリカでも、アジアでも、中南米でも、交通手段が発達していない地域では、地元の人も観光客も、移動するのは早朝ということになっている。
この場合の交通機関とは、乗り合いバス、乗り合いタクシー、なんかの乗り合いモノだけどね。
こういうところには、昼過ぎてのんびりと動き出すような人間はいない。
また、一人が動こうとしても、一緒に行く人がいないので、交通機関が見つけられない、動かない。
ということは、今から国境を越えても、おそらく他に旅行者もいないだろう。
また観光客目当ての交通機関も見つからないだろう。
もちろん、安全を考えなければならない。
新しい町、新しい国に入る時は何が起きるかわからないのだから。
他の旅行者と一緒にいたほうが絶対に安全なんだ。
僕は、普通の旅行者が考えないやりかたで、わざわざ開遠で一泊して、バスに乗って河口へ来てしまった。
一般的には、河口へは、昆明から夜行バスで朝着くか、昼のバスで夕方に到着して、共に早朝に、国境を越えることになると思う。
朝ならば、他の旅行者も多いし、交通機関も簡単に見つかるだろう。
が、今の時間では無理だと考えるのが、安全だ。
何とか見つかっても、国境を越えるのも、サパへ行くのも一人ぽっちになる。
一人ぽっちの個人旅行者が、初めての国境を越えて、初めての町へ入る…これは、とても危険だからね。
今日は国境を越えずに、河口へ泊まることにしよう!と考え直す。
というか、最初から河口泊まりだと、決めてたんだけれどね(笑)。
ただ、ちょっと早く着きすぎて、迷いが出てきて、それを今の論理で押さえ込んだだけなんだよ。
それに、国境の町ほど旅行者にとって面白い、興味深い、話のネタになるものはない。
海外旅行というものは、自分の慣れ親しんでいるのとは違った言葉の、違った風習の、違った通貨を使っている場所に行くってことなんだからね。
海外で陸路の国境を越えるというのは、海外旅行としては、とても魅力的なことなんだよ。
国境を越えるだけではなくて、その国境の町を観察するのは、とても刺激的だ。
国境を越えるだけならば、バスに乗ったままだって、列車だって、何も考えずに越えることは出来るが、それ自体はちっとも面白くない。
どうしても、国境の町をあちこち歩いてみなければ、国境の特異性は見つからない。
陸路の国境とはいっても、原野にぽつんと国境が走っていたり、山の中に事務所だけがあったりというのでは、あんまり感動的ではないよね。
例えば、2000年に僕が越えた、タイのノンカーイからメコン川を越えてラオスに入る場合も、タイ側には一応ノンカーイという町があったが、ラオス川には入国管理事務所だけで、まともな町はなかった。
もちろん陸路国境を個人で越えるという意味では面白い。
だが、国境の町を比較できないという点で、ちょっと面白さが弱いかもしんない。
僕は膨大な数の国境を陸路で越えているので、いろいろ思い出してみる。
案外と、国境を挟んで、二つの町がすぐ近くに存在するというところは、珍しいものなんだ。
イランからトルコへの国境は、山の上にぽつんと国境のポストがあったものだ。
アルジェリアからチュニジアへ砂漠の国境を越えた時は、なんと二つの国のポストの間の砂漠を一時間も歩いたものだ。
中国とベトナムの国境は、中国側の河口、ベトナム側のラオカイという、共に鉄道駅を持つ、適度な大きさの町が国境の川を挟んで目の前に存在している。
こうなると、是非、中国側の町も、ベトナム側の町も、絶対に、うろうろして比較してみたいよね。
町の地理がよくわからないが、マイクロバスから降ろされた大きな通りの横に川が流れているので、そのまま川岸に沿って進む。
すると、すぐに国境へ出てしまった。
なぜわかるかというと、川に大きな橋が架かっていて、そこに中国側には「中国河口」と書いた大きな白いゲートがあるからだ。
そして、川の向こう側には、ベトナムの赤いゲートが立っている。
これは、単純明快だね。
大きな、幅の広い国境の橋の横には、平行して細い鉄道橋がある。
これが、ハノイと昆明を結ぶ国際列車が走る鉄橋のようだ。
この国境にかかる橋を中心にした狭い地域に、いろんな店、スーパーマーケット、レストラン、ホテルなどが集中している。
で、バックパックを背負って歩いていると、「東方賓館」にぶつかってしまった。
今朝出た開遠大酒店の部屋に、このホテルのパンフレットが置いてあったよ。
ということは、旅行の神様が「東方賓館へ泊まれ」と告げているってことね。
東方賓館も、開遠大酒店と同じ感じのシティホテル。
ただ、バスルームが全体的に紫色で統一されていて、タオルまで全部紫色なのが、なんとなく変な感じだ。
フロントではさすが国境の町らしく、英語が通じる。
ぼんやり聞くと英語か中国語かよくわからない。
英語だと信じて聞けば、英語だとわかる程度の英語だ。
バックパックを部屋の家具にワイアロックで固定して、デイバッグ一つを持って、町を探検に出る。
まず河口の大きなバスターミナルに入る。
ここは人影がなく、ホールもがらーんとしている。
薄暗いホールにあるバスの時刻表をチェックすると、昼下がりはバスが出発も到着もしない、魔の時間帯なのがよくわかる。
河口から昆明までは、朝の8時45分に出る「高快」というバスがあるが、これが例の昆明から出発するボルボの豪華バスだろう。
僕が経験したところでは、昆明から開遠まで4時間、開遠から河口まで5時間半というバスの時間だった。
つまり、直行すれば10時間弱という計算。
それが正しいなら、朝8時45分に河口を出るバスは、午後6時半くらいに昆明に到着するだろう。
昆明でホテルを見つけるにしても、それほど問題ではないね。
他には、夕方の6時から8時ごろにかけて、バスがたくさん出発するようだ。
これは中国名物の夜行寝台バスだろう。
また値段を比較すると、ひょっとしたら寝台バスではない夜行バスもあるかもしれないね。
これも、昆明に早朝に到着するので、便利といえば便利かもしれない。
バスターミナルの次に気になるのが、鉄道の河口駅だ。
いろいろ歩いて、道に迷い、人に筆談でたずねた結果、誰もいない道の突き当たりに、できたばかりという感じのピカピカの駅を見つける。
が、完全に人影がなく、駅自体が閉まっていて、表になにやらお知らせの紙が貼ってあった。
がもちろん、その中国語が読めない。
雰囲気としては、「鉄道は走ってません」と、書いてあるのだろうと、あっさり予想する。
思い返すと、開遠から河口への山道のところどころで、バスの窓から、道路と平行に走り、川を渡る鉄道線路を見た。
あの山の中をくねくねと通るのでは、この鉄道線路の保守は大変だろうと思ってた。
しかも、道路は狭いながらも舗装されていて、ちゃんとバスが数多く走っている。
この鉄道自体の存在価値が疑わしいんじゃないかな。
中国の品質管理は、よくなったとはいっても(ホテルの内装や設備を見れば)頼りない。
国営の鉄道なんか、いずれ大事故を起こしそうな気がするよね。
ま、それ以上の深い考えは浮かばないけど…。
もちろん河口では、人通りも適当にある町なので、僕が歩いていてもそんなには目立たない。
国境の橋、国境のゲート、国境の出入国管理事務所のビル、鉄道の河口駅。
せっかくだから、僕のコンタックスT−2で、バチバチと写真に撮る。
東方賓館前の通りに、蛇を大量に籠に入れて飼っている蛇屋を見つけた。
それを写真に撮ろうと、アングルを考えていたら、蛇屋のおじさんから怒られてしまった。
写真ぐらい、いいのにね…。
さらに町をぶらぶら歩くと、川沿いにベトナム商品の店がずらりと並んでいるのを発見する。
特に竹製品が目立つし、売っているおじさんがいわゆるベトナムの傘をかぶっている。
時間潰しに、ベトナムの商品を冷やかして、手に取りながら、たらたらと時間を潰して歩く。
すると、突然腕を捕まれて引っ張られた。
そのまま、商店の間の細い道を、奥へと連行される。
しまった!
河口をあちこち調べすぎたのか?
いつもはこっそりとやるのに、今日はなぜか不用意に、人から見られているのを気にせずに、写真を取りすぎてしまっていた。
スパイか何かと間違えらえて、公安局へ連行されるんだよ!
ひょっとしたら、北朝鮮から脱出した脱北者の支援組織の日本人と誤解されたのかもしれない…。
これは冗談じゃなく、危険だ。
さて、世界旅行者の運命はいかに。
それは、次回のお楽しみ。
(「世界旅行者・海外説教旅」#52)