『一度覚悟をして、本格的な長期旅行に出たら、日本の情報は知らない方がいい』

【海外からの連絡は、絵葉書が一番いい】
さて、僕はポストカードを2枚買って、それを送ることにした。
あて先が違うのかというと、両方とも実家宛で同じだ。
しかし片方は普通郵便、もう一方は速達にした。
内容はそっくり同じだ。
「金が無くなったので、僕の銀行口座からキャッシュカードで100万円降ろして、加州住友銀行の口座に送ってください。早くしないと飢え死にします」
もう分かるよね。
2枚出したのは、郵便に事故が起こって、万が一届かないことを心配したのだ。
普通郵便と速達にしたのは少しでも別のルートで届くようにと配慮した訳だ。
いくらアメリカでも、両方とも行方不明になるというのは考えにくいからね。
これだけ慎重なのは、アメリカの郵便事情の酷さを何度も新聞や雑誌で読んできているせいだ。
アメリカでは、十代のころに友達が出したクリスマスカードが、20年以上過ぎてクリスマスに配達されたという話もあったくらいだ。
こういう常識をいっぱい仕入れていないと、アメリカ人と冗談も言えない。
例えば「バックトゥーザフューチャー・2」の最後で、嵐の晩に過去から博士が出した手紙を郵便局員が持ってくるシーンがある。
ここで
「バックトゥーザフューチャーのシーンでただ一つだけ不自然なところがあるんだ」
「だってあれは子供向けのSFだからさ」
「いや、僕はタイムマシンは信じてるんだ」
「へー、じゃあどこが変なの?」
「アメリカの郵便が、指定した日にきちんと配達されるところさ」
こういった冗談を自然にまじめな顔をして話せたら、格好いい。
日本人という頭の固いステレオタイプから抜け出たなかなか面白い人間だと認めてもらえるだろう。
実はそういう面白い日本人はなかなかいない。
またこういう面白いことが言えるような日本人は、日本人のなかでは評判が悪いものなのだ(僕のように)。
まあ、それはそれでいい。
僕はポストカードを2枚出した。
もちろん、これで全面的に連絡が取れたと確信した訳ではない。
これから振込みを待つ間のつなぎとして、アメリカ西海岸をカナダのバンクーバーまでグレイハウンドで北上した。
バンクーバーからまた南下して、サクラメント、ソルトレークシティーへ寄ったりする。
その途中の町で絵ハガキを出して、「カネオクレ」とハガキの隅に書き続けたのだ。
でも、ねー、いまは電話ってものがあるんじゃないのかな。
それでかけたらどうなのかな。
お金がなくったって、コレクトコールってものもあるんだしさ。
一刻をあらそう時だよ、お金がないと飢え死にしちゃうんだよ。
そんな時に悠長に葉書を書くなんておかしいんじゃないのかな〜。
きっと電話のかけ方が分からなかったんじゃない。
ひょっとしたら、実家に電話がないかもね。
うるさいよ!君たち!
勝手に想像して、下らないことを言うんじゃないよ。
人のあげ足を取ってけちをつけようったって、だめだよ。
僕は国際電話のかけ方も知っているし、実家には電話もちゃんとある。
電話を使わなかったのにはそれなりの深〜い理由があるのだ。
仕方ないから、説明してあげよう。
電話を使えば相手と直接話をしなければならない。
そうすると、こちらからの情報が伝わるだけではなくて、どうしても相手の情報も入ってしまうのだ。
それは避けたい。
だって、僕は離婚の傷をいやすために、せいぜい一年のヨーロッパ旅行のつもりで日本を出たのだ。
いろんな問題をほうりっぱなしにしてきている。
電話をかければ、そういった余計な話が耳に入らないとも限らない。
そうすれば気分よく旅を続けられないじゃないか。
何かを知っていて無視すれば、責任が出てくるじゃないか。
知らなければ知らないでどうなったところで、関係ないじゃないか。
つまり、都合の悪そうな情報が手に入るようなところには出来るだけ近づいてはだめなのだ。
人間は自分のことさえ考えていればいいのだ。
自分が気持ちいいことさえしていればいいのだ。
他人のことや世間のことはどうでもいいのだ。
だから、日本へ電話をしなかったのさ。
どうだい、なかなか奥が深いでしょ?
一般人は常識に捕らわれて、なかなかここまで悟ることが出来ない。
僕だって旅行を続けるなかでやっとこのことを知ったのだ。
でも、それでお金が届くのが遅れて飢え死にすることになったらどうするんですか?
なかなかいい質問だ、答えてあげよう。
それならそれでいいじゃないか、もしそれが神の定めなのなら。
すべてを受け入れることは、最悪をも受け入れるということだ。
僕は自分で何かを決めたりはしない。
僕は神の意思に従うだけだ。
だって、僕は「世界旅行者」なのだから。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080521#p5
