世界旅行者は、神に祈り、遺書を残して、4番街へと進む

【サンペドロと3番街の角から北を見る】
その幻のホテル「ホテル加宝」とは、いったいなんだろう?
確かグレイハウンドバスで一緒に乗りあわせた学生から「ホテル加宝」という言葉は聞いていた記憶がある。

「地球の歩き方」にもホテル加宝のことは、この頃なかなか詳しく書いてあった。
「460E 4TH ST LA CA 90013 USA」がその住所だ。

もちろん電話番号も書いてある。
しかし、同じページに「HOTEL CARVER」というのがあって、その住所はなんと「416E4TH ST」となっている。

これは同じブロックにあるらしい。
ということは、ここらへんはホテル街なのかしらんと考えて、CARVERの電話番号を見ると、全く同じだ。

不思議だ!
違ったホテルで、同じ電話番号があるなんて不思議だ。

ここは確かに謎の多いホテルだし、謎の多い地域だ。
「ホテルダイマル」の宿泊者に聞いても、誰も4番街に足を踏み入れたものがいない。

噂では3番街から南へ下った旅行者で、生きて「ホテルダイマル」へ帰ったものがいないというのだ。
フーン、これはよほど危険な地域か、それともミステリーゾーンなのかもしれない。

さて、直接電話をかけてもよかったが、かけなかった。
たとえ電話が通じて予約をしても、そのホテルがとんでもないところなら、泊まるはずがない。

直接自分の目で見て確かめないと、予約をしても意味がない。
それに3番街から南へ下った4番街がどういうところかわからないのだ。

正直に言おう。
僕は、気の小さい、ちんちんの大きいだけの男だ。

4番街へ下るのは怖い。
1988年の大晦日の朝、起きてすぐに荷物を整理し、すぐにチェックアウトできる状態にした。

貴重品をバックパックに隠し、バックパックをチェーンでベッドに結びつけた。
身軽な状態にして、ポケットに20ドル札を入れた。

「アメリカでは強盗に20ドル出せば、無事に逃がしてくれる。何も持ってないと殺される」と聞いていたからだ。
12月はカリフォルニアでも結構寒い。

いつもの「BANANA REPUBLIC」のTシャツの上に「PAZZO」のスウェットシャツを着て、アメ横の中田商店で買ったアーミージャケットをはおる。
これは僕のその時持っていた最高級の服装だ。

ひょっとしたら、ギャングに襲われて死ぬようなことになるかもしれない。
それでも、日本人として恥ずかしくない格好をしてあの世に行きたかったからだ。

パンツも「HOM」のビキニブリーフのなかから、穴のひとつしか開いてないものを選んだ。
用意をしてすぐに部屋を出ようとしたが、部屋のドアを閉めようとして、考え直した。

僕はこの頃はまだ、海外旅行保険が有効だったのだ。
日本を出る時にAIUで2年の海外旅行保険をかけてきた。

最低限の掛け金だった。
それで、この頃までにロンドンでも、パリでも、ナイロビでも医者にかかって、保険金を手にして、もう元は取っていた。

でも、死亡保険は2千万円ぐらいはあったはずだ。
この保険の書類の写しは、日本を出る時に成田空港から実家に送ってある。

僕の死亡が確認されれば親の手許に保険金が届くだろう。
その確認のためにも、手紙を書いておいたほうがいい。

いつになくしんみりと、親に手紙を書いた。
「さきだつ不幸を許して下さい」

これで例え4番街で僕の人生が終わることになっても、一応の義理は果たしたことになる。
きれいに整理した汚い部屋を見回して、ドアを閉めようとした時に、もうひとつやり残したことを思い出した。

そうだ、逃げて行った嫁さんにも、一言書いておかなければならない。
そこでまた手紙を書いた。

「もし僕がいま出発しようとしている4番街の探険から無事に戻ることがあったら、それはきっと神様がもう一度やり直せということなのだから、日本でやり直そう」
それを封筒にいれて、閉じようとした。

そこでまた考え直して、また開けて、手紙の最後につけ加えた。
「PS I LOVE YOU」

「ホテル大元」は一番街にあって住所は「345E 1ST」なのだから、4番街へはたった3ブロック下ればいいだけだ。
「ホテル大元」を出て、西へサンペドロまで歩き、サンペドロ通りを南へ、ずんずんずんと下って行った。

2番街の角には観光客の集まる「オニズカストリート」があって、左手には東京銀行系列のカリフォルニア第一銀行が見える。
ここは観光客の集まるにぎやかなところだ。

もう1ブロック下ると、急にひとけのないビルが多くなった。
でも、3番街の角には「日米文化会館」の建物が、堂々と頼もしげにそびえている。

さらに4番街まで下ると、右手に薄汚い酒屋が見えてきた。
入口が狭く、その入口には古ぼけたプレイボーイやペントハウスが置いてある。

その店のまわりには黒人やメキシカンがうろうろしている。
これは危ないよ。

でも、ホテル加宝はどこだろう。
サンペドロと4番街の角にいるのだから、ここを左につまり東へ歩くはずだ。

しかし角から東を望むと、6階建てほどの窓ガラスの割れたビルがある。
ほかは、低い建物しか見えないようだが‥‥。

でも、男が一度心を決めたことなのだから、このまま戻るわけには行かない。
それに一応、死を覚悟してこの探険に出発したのだから。

僕は心の動揺を隠して、4番街を東へと進んだのだった。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20080523#p5