《キューバ旅行記》

「世界旅行者は誰でも彼でも中南米へ旅立たせてしまう」(キューバ1)

 

パリ6区、RER LUXEMBOURG駅近くの旅行代理店「NOUVELLES FRONTIERES」(66 Bivd Saint Michel, TEL 46 34 55 30)で、パリからLAへKLMの片道切符を2585Fで買う。

パリからオランダ、スキポール空港で乗り換えて、LAに着くころには疲れきっていた。
何故かというと、このKLM機はロワシーことシャルルドゴール空港を朝7時に出発で、つまりチェックインは早朝5時。

早朝5時では地下鉄も使えないので、なんと前の晩から眠らず空港に居座ったのだ。
もういい年齢なのに、よくこんな事をすると自分でも感心するよ。

もちろんパリ市内から空港へのタクシー代が無いわけではない。
ただ、カルチェラタンのシングル一泊130Fの安ホテルに泊まっていたので、意地でもタクシー代(飛行機で隣に座った黒人の話では170Fかかったとか)にそれ以上使いたくなかったというだけだ。

これが長期旅行者の長期旅行者たるばかばかしい行為だとはわかっているが、どうしてもこのセコさが直らない。
まあだからこそ、「世界旅行者」らしい面白い話がたくさんできるのだが。

 

ロサンジェルス国際空港ではTWAのターミナルに着き、ターミナル前でとっととスーパーシャトルをつかまえ、LAの僕の定宿「ホテル加宝」へと向かった。
ホテルに入ると、フロントにはいつもの大山さんが暇そうにしていた。

僕を見ると、「あーら、西本先生!いらっしゃいませ!ギリシアからの絵ハガキが着いたので、もういらっしゃるころだと思ってました。お待ちしてました!」と、相変わらず愛想がいい。

まあ、大山さんは誰にでも愛想がいいのがウリなのだが、僕には特に愛想良くする理由がある。
実は、僕がこのホテルへ来たのはマネージャーの大山さんより、ずっと古いのだ。
それに、僕は以前このホテルに6カ月連続して滞在していたことがあって、そのころ「ホテル加宝の主」と呼ばれていた。

それでそのLAでの6カ月間、何をしていたのかとよく聞かれるが、別に何にもー。
知っている人は知っているが、LAというところは人を怠惰にするだけではなく、その怠惰さを当然と受け入れさせてしまう不思議な都市だ。
そこで、このホテルには僕が来る前にも、ちょっとアメリカ西海岸旅行に来て、そのまま3年いたとか、4年いたとか、そういう伝説の宿泊者がいた。

早い話が人生の落後者だ。

でも落後者が集まってコロニーを作っていると、これほど居心地のいいところはない。
もちろん僕は他の人と一緒の落後者ではなく、このころはすでに世界一周を済ませた立派な「世界旅行者」だったのだが、世の中を知らない加宝宿泊者は僕を同じ落後者だと見ていたようだ。
まあ、落ちこぼれだとは互いに思っていても、それをはっきり言わないのがLAの決まりだ。
はっきり言ってしまうと、いる人みんながひどく傷ついてしまうのだから。

落後者の中にいて、自分だけはただの落後者だとは思っていなかった僕は、「世界旅行者」としてなにか人の役に立つことをしたいと考え、実行に移すことにした。
それは、アメリカ旅行にやってきた旅行者を中南米旅行に送り出してしまうことだ。

日本からの飛行機はすべて午前から昼にかけてLAに着く。
旅行者はほとんど寝不足で、LAの有名な安宿「ホテル加宝」にたどりついたころは、頭がぼーっとしている。
しかし、まだ真っ昼間だ。
何もすることがないまま、眠い目をこすって、ホテルのロビーに座って、コーヒーを飲んでテレビを見ている。

そこへ僕が近づいて、あくまでも明るく、こう話しかける。
「こんにちは!日本から来たんですか?これから中南米ですか?いいですねー!」

もちろん普通は、「いいえ、アメリカ旅行に来たんです」との答えが返る。
すると僕は、アメリカ旅行がどんなにつまらないか、お金がかかるか、危険か、帰国しても誰も感心してくれないか、を滔々としゃべりまくる。

このありふれたアメリカ旅行に比べると、中南米はすばらしい。
物価は安く、旅行は楽で、人は親切で、女性はきれいで、しかも日本に帰ったときにみんながみんな感心してくれる。

この最後の「みんなが感心してくれる」というのはとても大切だ。
旅行者というか人間というものは、ただ他人より自分が勝っていると思いたいだけの、しょーもない存在なのだから。

しかも思ったよりもLAから南米までの航空券は安くて、600ドル代からある。
これで心を動かさなかったら、おかしい。
少し根性のある個人旅行者なら、だいたいこれだけで中南米へ行く気になるものだ。

「でも、アメリカ旅行の予約済みの航空券も用意してあるし…」
こういうふうに答える、根性なしの若者には、決めの言葉がある。
僕は若者に、なんの迷いも疑いもなく、こう宣言する。

「いいかい、君はアメリカへ来たばかりで僕のような素晴らしい世界旅行者に出会った。その世界旅行者先生様が、わざわざ君に中南米旅行を勧めているんだ。これはすごいチャンスなんだよ。この絶好の機会を逃がすとしたら、君はお仕舞いだよ。このチャンスから逃げたら、君はこれから先すべての人生で困難に出会ったときに逃げてしまうことになるわけだ。つまり、ここでもし中南米に行かなかったら、君は一生、人生の落後者になってしまうんだよ!」

本物の落後者から落後者と決めつけられるのだから、これは迫力がある。

僕の経験では、この話術から逃れられたものはほとんどいなかった。

もちろん僕はただ言葉だけの人間ではない。
そのまま一緒にリトル東京の旅行代理店HISへ行って、切符を買わせてしまうのだ。

頭がはっきりするころは、スペイン語の辞書も持たずに、もうペルー行きの飛行機の中、大冒険の始まり、というわけだ。

でもこうして中南米へ旅立った旅行者はほとんど僕に感謝しながら帰ってきた。

「いやー、本当にいい経験をしました」
「今度の旅行に出るまでは、旅行も人生も甘く考えていました」
「人の言葉を軽々しく信じてはいけないと悟りました」

等々、感謝の言葉を数多くいただいている。
三分の一ほどの旅行者はそのまま帰ってこなかったが、たぶんあんまり中南米が楽しいので、そこに居着いてしまったのだろう。

僕は今回の旅行で、東欧を中心に小さな国を片っ端からまわって、旅行国数は確実に目標の百を超えて、どこに出しても恥ずかしくない「チョー百カ国世界旅行者」になった。

だが、パリから旅行を考えていた西アフリカへ飛ぶのは、時間的に中途半端になるので止めた。
そこで、まだ日本へ帰るまで一ヶ月以上の日数が残っている。
「ホテル加宝」へ来たのはちょっと早すぎたのだ。

むーん、どうしよう。
なにか思いつくことと言えば…。
そうそう、暇つぶしに、また誰かを中南米の適当な国に送ってしまおうっーと。

「大山さん、だれか中南米へ行きそうなヤツいませんかね?」

「そうねー。いま泊まってる人だと、大阪から来た大工さんがいるけど、でも、ロサンジェルスにお友達がいて、働く人だから」

そうか…。

それでは中南米に旅行するはずはない。

こう単純に思うようでは、「世界旅行者」とは言えない。
それでは、どこにでもいるありふれた人間だ。

「それなら、仕事を辞めさせて、中南米に送っちゃえばいいんだな」

日本でただ一人、「世界旅行者協会」認定の本物の「世界旅行者」として、僕は当然そう考えて、大きなアクビをした。

(cuba1)

cuba2

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