「下手に旅行自慢を始めると、たたき潰されることもあるのが旅の面白さ」(cuba12)

 

僕から突然話しかけられて、福田君はホッとしたようだが、不意をつかれた。

寸前までは意図的に無視されているとわかっていたはずだから、彼は自分から、例えば「このホテルには長くいるんですか?」程度から話を始めようと考えていた。
そうやって話の主導権を取っていろいろと聞き出しながら、自分の自慢話を小出しにするテクニックを使い、すごい旅行者だと感心させて、「ホテル加宝」で名を売ろうと考えていたに決まっている。

素人旅行者の考えることは、いつも同じなので、僕のような旅行通になると、心の動きの一つ一つまで見透かしてしまっている。

なぜって、そういう勘違い旅行者がここにはイヤになるほどたくさんやって来て、結局はボロボロにされてホテルから逃げ出していった、ここはそういう歴史があるのだ。

彼は「シアトルから来ました」と答えた。
シアトルから、こんな民芸品のバッグを持った日本人旅行者が、LAの有名な安宿まで、わざわざ髭を生やらかしてくるはずがない。
わざと油断させておいて、インド旅行程度で、びっくりさせようと勘違いしているのだろう。
素人旅行者同士が、よくつかう、ありふれた手だ。
そんな程度の話を聞くほど暇じゃない。

ずばりと、「その格好だと、中米かなんかから来たんじゃないの〜?」と聞いてあげた。

声の調子が完全に相手を馬鹿にしているので、福田君も少しむかっとしたようだ。
うっかり釣られて、突然、奥の手を出して、自分の自慢話を始めた。

自慢というのが、何のことはない「マレーシアのペナンで太平洋一周の切符を安く買ったのでやってきた」という、ショーモナイ話だ。
ただ安い切符を買ったので、そのルートでまわっているのが自慢だってさ。

おいおい、旅行の本質ではなくて、安い切符を買ったことしか自慢できないというわけかよ…。
これでは、日本によくいる、マイレージがどうだこうだ、現地発券の切符を使ってああだこうだと、ぶんぶんうるさいウンコ蝿のような最低クラスの航空券オタクに過ぎない。
とても旅行者とは呼べるレベルではない。

まともな旅行者が相手にするレベルではないのだ。
もっと手応えがあると思ってたが、がっかりして気が抜けてしまった。

第一、国内旅行、海外旅行を問わず、旅の基本は「飛行機に乗ることをできるだけ避ける」なのだからね。

飛行機に乗るのは最低。
旅人が飛行機に乗るときは、恥ずかしいので、顔を隠して、名前も偽って乗るのが常識なのだ。
飛行機を使うのが最低レベルで、次に低いのが鉄道、それからバス。
バスも、ローカルバスでパンクでもするとぐっとポイントが高くなる。
自転車やバイクはポイントが高そうだが、じつはかなり低い。

丸木舟はポイントが高いが、ピースボートのような団体旅行は、ほとんどポイントがない。
ピースボートは一人で旅行できない、寂しがりやさんたちが、船の中に閉じこもって、話し相手をさがす場所らしい(でも、簡単にセックスできるという噂なので、モテないひとは利用するといいだろう)。

一番いいのは、自分の足で歩いたり、泳いだりすることなのだが。
これを語りだすと、これだけで本が一冊かけてしまうので、もったいない。
旅でどういう交通機関を使ったら評価されるかという問題は、また別の機会に譲ることにする。

そこで、「ふーん、でもシアトルから来るならグレイハウンドじゃないとねー」と答えてあげる。
「バスで行けるところを飛行機を使うようじゃ、ダメだよ。それは旅行じゃないからね。僕はLAからカナダのバンクーバーまでグレイハウンドに乗り続けて往復したことがあるけど、その時は金がほとんどなくって…」と僕は話し出す。

僕が話し出すと、止められる人間はいない。
ロビーにいた友人も、僕の話にはオチがあって面白いので話にノッて、わいわいがやがやと席が盛り上がる。

福田君は話に取り残されて、目にうっすらと涙を見せていたが、その涙をこっそりと拭き取り、僕の話の切れ間を見て、思い切って反撃に出た。

「みなさんは、ここでなにをしてるんですか?」

長期旅行者、長期滞在者に対しては、なかなかいい攻撃だ。
もともと旅なんかが好きな人間は、仕事が嫌いで、日本が嫌いで、人生に落ちこぼれて、すべてを諦めている、最低の人種なのだから。
毎日を目的もなく、だらだらと過ごしているだけだ。

だから、これを言われると、「ホテル加宝」の宿泊者は本当は弱いはずだ。
なにもしていないのだから。
毎日馬鹿話をして、酒を飲んで、ぼーっとしているだけなのだから。

しかし、このホテルの宿泊者のすごいのは、それを受け入れてしまってて、恥も外聞も気にしない悟りに境地まで達していることなのだ。
だから、なにをいわれても、びくともしない。

「別になにもしてないんだよ。僕も昔は世界一周旅行をしたので、今は旅行は引退してのんびりしてるんだ」と、僕は正々堂々と答える。

「君も安い切符で太平洋一周なんて意味のないことしないで、世界一周くらいした方がいいよ。太平洋一周じゃ誰も驚かないからさ。僕がいろいろ教えてあげるから、ビールでもおごってよ」と続けた。

福田君は一瞬しまったと思った。

顔が蒼白になったので、僕にはそれがわかった。

これほどの立派な世界旅行者がLAの安ホテルにいるとは予想していなかったので、自分の旅行自慢が完全にひっくり返されてしまったのだ。

でも、続きがあるはずだ。
だって僕はその続きを知っている。
そこで、「君は学生さんなの?」と続けてあげた。

福田君はこのさしのべられたエサにカプッと食いついた。
彼は当然一流大学の学生のはずなのだ。

しかし、その自尊心も、僕の前ではボロボロにされてしまう運命だ。

だって、それが、「世界旅行者」に不用意に出会った者の辿るべき哀しくも楽しい運命なのだから。

(cuba12)

 

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