バラナシからサトナへ一等車に乗る。サトナからは、オンボロバスで、わいわい言いながら、カジュラホへ。@バラナシ/インド
僕は、インドの鉄道について、いろんな悪い噂を聞いていた。
だから、インドで僕が初めて乗ることになる鉄道は、バラナシからサトナへの昼間の列車にする。
しかも、一等車だ。
それほど高いわけでもないし、とにかく、安全第一が僕の主義。
このときの旅を記録したノートは、インド旅行の写真とともに、離婚したときに、捨ててしまった。
だから、この移動の、正確な時刻はわからない。
ただ、バラナシを朝出て、サトナに午後の早い時間に着いたはずだ。
サトナで列車を降りて、バスに乗って、夕暮れ時にカジュラホの安宿に入った。
ここで面白いことを発見したので書いておこう。
つまり、一等車だと、客が金持ちなので、話ができず、つまらないということ。
バラナシ駅から一等車に乗る。
これは、ヨーロッパ風のコンパートメントになっていた。
コンパートメントは、僕と恰幅のいい60歳代のインド人2人だけ。
軽く挨拶をしたが、特に、話をすることもない。
僕も、駅で買った英字新聞と、英語のペーパーバックがあるので、それを読んでいただけ。
面白かったのが、僕が読んでいた英字新聞をシートに置いておいたら、インド人が勝手に取って、読んだこと。
これは、「インド人は、他人の新聞を断りなく読む」という情報を入れていたので、驚くことはなかったけどね。
覚えていることは、これだけだね。
いまの列車の時間をネットで見てみると、6時間から7時間程度かかるようだ。
こんなに長く乗っていた記憶はないが、何もなくてただ、本を読んでいたということなのでしょう。
午後の早い時間にサトナへ到着。
ここで列車を降りる。
バラナシからサトナへ列車、サトナからカジュラホへバスというのは、定番の観光コースだった。
僕と同じ列車でやってきた旅行者集団が、駅からちょっと離れたバスの出発場所へ歩く。
サトナの駅を出てバス乗り場へぞろぞろと歩くと、時間潰しに他のバックパッカー連中と話をすることになる。
日本人は、みんなそれぞれ個人旅行だそうだ。
僕のほかに日本人の若者が、男性が3人。
30歳前後の一人旅の女性がいたが、かなり旅慣れた雰囲気で、カジュラホへは来たことがあるようだった。
まあ彼女にしたがっていれば大丈夫でしょう。
あとは、欧米人旅行者のみなさん。
その中に、あとで友達になるオーストラリアからの、30代と20代のスキンヘッドのバックパッカーが2人いた。
みんなで協力して、オンボロバスの上にバックパックを担ぎ上げて、バスの屋根に縛りつける。
これは、乗客が率先してやったことで、バスのインド人は、僕らを無視していた。
とにかく、僕を含めた日本人5人と、欧米人旅行者は、協力して物事を進めたわけだ。
旅先で、今まで知らなかった旅行者同士が、国の違いを超えて、協力するというのは、とても気持ちがいい。
この理由は、みんなインドに対して、不安を感じてるってことなんだけどね(笑)。
もっと言うと、旅人が協力して行動しないと、インドでは何があってもおかしくないってこと。
白人旅行者、日本人旅行者、協力し合って、荷物をカジュラホ行きのバスの屋根に固定して、みんな一緒にバスに乗り込む。
これなら、安全だと思う。
バスの中では、やはり日本人は、固まって席を取り、情報を交換する。
といっても、僕は何も情報はないけどね。
ただ、30歳くらいの日本女性は、いろいろ知っている雰囲気だ。
ま、その土地を知っている人が一人いれば、なんとでもなるもの。
頼りにはなります。
バスはスムーズに走り、僕の記憶では、まだ日が暮れる前にカジュラホへ到着した。
そこでバラバラに別れて、といいたい所だが、安宿は固まっていたので、そちらへと進む。
日本人は固まって、同じ宿に泊まった。
スキンヘッドのオーストラリア人も、同じ宿に決める。
この時代から、「地球の歩き方」は有名だった。
宿の主人が「地球の歩き方に宿の推薦文を書いてくれれば宿泊費を安くする」と言う。
なぜ僕に話すかというと、他の日本人は英語がスムーズにしゃべれなかったからだ(笑)。
僕はもともと英語がしゃべれる上に、この旅行では、カトマンドゥで英語ばかりしゃべっていたからね。
このインド人の主人が、また、「一緒に来た日本女とエッチしたいから、頼んでくれ」と、あつかましい願いをする。
これは、僕が英語をしゃべれるということよりも、エッチ話がすきそうな雰囲気だったからだと思います。
その通り(笑)。
僕はこの話を聞いて、女の子に話をしたら、面白いだろうと思った。
何も理由がないのに、日本女性にセクハラ的な発言をするのは、僕はできない。
でも、インド人からの伝言ならば、僕の責任ではないからね(笑)。
僕は軽く「いいよっ♪」と引き受けた。
だから、宿の親父の言ったことを、そのまま伝えてあげました。
女の子は「何であんなジジイと…」と無視したね。
この時代はそれが普通だと思う。
実際、これから南インドで会うことになる、日本女性は、だいたい欧米人男性と一緒に旅をしていた。
だから、この時代は、インド人と付き合うことはあまりなかったと思うよ。
ただ、今では、日本女性はインド人とも付き合っているのが常識だ。
いろんな話を僕は知っているが、噂話だとしても、いろいろ活躍しているようだね。
この日は、バラナシからサトナへの鉄道で一等車に乗り、サトナからカジュラホまでオンボロバスに乗った。
でも、もちろん、オンボロバスで、白人、日本人のバックパッカーの皆さんと、ワイワイやる方が面白かったね。
明日は、カジュラホの名物、寺院の壁に彫られた、エッチなレリーフをみることにする。
明後日には、ここを出るつもりだが、それは明日考えればいいでしょう。