《旅行者はみんな嘘つきか?》タイの日本人旅行者
僕が旅を始めたばかりのころ、タイの日本人宿で、宿泊者の体験談を感心して聞いていたことがある。
テーブルを囲んでいたのは、あご髭を生やしていたり、頭を剃っていたり、民族衣装を着ていたり、真っ黒な顔だったり、草履を履いていたり、ぼろぼろの服だったりの旅のベテランという雰囲気の人たちばかり。
話の内容もアフリカ・南米・中近東・共産圏といった、その頃はまだとても簡単に行くことは考えられないような国々のこと。
麻薬の話、世界中の女の話。
いかさま賭博をした話、密輸をした話、刑務所に入った話、軍隊の飛行機で国境を越えた話。それにみんなの仕事が、フォトグラファー・コピーライター・エッセイスト・イラストレーター・アーティスト・TVディレクター・ホームレスとカタカナ職業ばかり。
学生も、東大・京大・早稲田・慶應・聖マリアンナ医科大と一流ぞろい。家柄も本当に素晴らしい。
旧華族、大手企業社長の息子、芸能人の子供、ボクシング世界チャンピオンの息子、東北の大地主の孫もいる。僕は本当に感動して、近くにいた日本語のわかる中国人のマネージャーに言った。
「おじさん、僕、こんなすごい人達と一緒になれて、感激ですゥ」
「かんげきすることないよ」
「だって、こんな立派な人たちと会うなんて日本じゃ無理だし。旅に出てよかった!」
「りっぱじゃないよ」
「だってみんなかっこいい仕事してるし、いろんな経験してるんだもの」
「しんじるあなた、ばかよ。だまされたらだめよ」
「えー!みんな大金持ちじゃないの?みんなの言ってる事、嘘なの?」
「みんなうそよ。かねもちこんな安いホテルにとまらないよ。ひとだましてるね」
「なるほど!旅先には嘘つきが多いって、これだったのか。じゃあべらべらしゃべってる奴は信じられないってことだね。おじさん」
「ここでしゃべってることみんなうそ。はなしてるひとたち、ここしかしらないよ」
「でも、あの民族衣装を着て、民芸調のバッグを持ってる、髭を生やした、色の黒い、あのもの静かな、いかにも旅行経験豊富そうな、かっこいい人。あのひと1人だけが本物の旅行者なんだね」
「なぜそうおもう」
「あの人だけはさっきから一言もしゃべらないもの。だから嘘つきじゃないよね」
「うそつきじゃないよ」
「じゃあ、あの人だけが本物の旅行者なんだ!」
「あのひと、身体が悪くて、ことばしゃべれないだけよ」
この話も嘘だよ〜ん。
(でも、旅先の話を信じちゃいけないのは、それはホント)(嘘をつかないのは、ただ嘘をつけないから)
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