13:旅行者論

アナウンスがあって、飛行機は降下をはじめる。
見下ろすと、小さく区切られた田畑に高床式の家屋がぽつんぽつんと見える。
ここは戦場だったところだ。
あの残虐な殺戮が行われたところだ。

そう思うと、田んぼのあちこちに見える水たまりが、爆撃のあとに見える。
しかし、飛行機を降りて、学生旅行者バンダナ君とハッキリ君に「爆撃のあとが見えたかい?」と聞くと、「何ですか、そんなものありましたか?」との返事だった。
あれは爆弾の跡ではなかったのかもしれないね。
たぶん僕の思いこみが強過ぎたのだ。

色眼鏡をかけてものごとを見れば、すべてが思いこんだとおりに見える。

旅行に出始めの旅行者は、ものごとを自分の見たいように、考えたいように、信じたいように、受け取る。
世界は親切な人で満ちているという根本的な誤解をしている旅行者は、騙されても、奪われても、犯されても、その幻想から冷めることはない。
なぜなら、自分を正当化したいからだ。

わざわざ金と暇を使って旅行に来たところが、日本と大差ない、いや日本よりずっとひどい社会だとは信じたくない。
だから、自分の旅行した国を「あそこはひどい」と言われると、親の敵に会ったかのように怒ったり、そう言った人を攻撃してしまう。
そして、自分が最初に訪れた国を無意味に褒めあげる「インド旅行者」のような、自分を省みることのない、頭の固い、おもしろくも何ともない人間になってしまう。

ちょっと考えてみればわかるが、しょせん何の能力もないありふれた人間が、ある国に数週間、数か月滞在しただけで、その国のことをいろいろと解説できるだけの知識を得られるだろうか?
逆を考えればもっとよくわかる。
日本語もしゃべれない外国人旅行者が、たとえばYHに泊まって東京・日光・鎌倉・箱根・奈良・京都を2か月かけて旅をしたとして、それで日本について意味のあることを話せるだろうか?

こんな外人に出会ったら、普通の日本人なら「うるさいんだよ、てめー!」と言っちゃうだろうね。
この常識がわからない人が多過ぎる。
日本人旅行者の中には、ほんの一週間ツアーで旅行した程度で、あれやこれやと蘊蓄を言う人が多過ぎる。

僕がLAで出会った、ある旅行者は「アメリカには日本人に対する差別がない」と断言した。
散々差別を経験している僕が不思議に思って聞いてみると、彼はロサンジェルス国際空港から市バスに乗ったが、その時に彼の横に白人のおばさんが座ったという経験だけを根拠に、そう主張したのだ。
この時、彼はアメリカに着いてまだ5時間しかたっていなかったが。

おもしろいので話に付き合ってみると、イギリスとアメリカの違いや、イギリスとフランスについてとうとうと述べる。
「イギリスに行けばすぐわかるんだが」というフレーズを多用するので、「イギリスは長いんですか?」と質問した。
「いや、ちょっといただけなんだが、それでもわかるんだよ」とのことだ。
僕の癖で、しつこく質問を続けると、彼は何と、ヨーロッパには1回だけ、しかも10日間のツアーで行っただけで、イギリスにはロンドンに2日いただけだとわかった。

でも、こういう人はあきれるほど多いんだ。

だから、僕は旅行者の話す決めつけや解釈はまったく信じない。
僕が旅行者から聞きたいのは、正確な情報だけで、それ以上は無視する。

旅行者の体験自体は、それが本当であるかぎり、どんなものでもつまらないということはない。(自分で体験していないことをまるで自分のことのように言い散らかす旅行者が非常に多いのだが)
だから旅行者どうしで出会ったら、体験の交換をすることで、意味のあるおもしろい時間を過ごすことができる。

でも、それ以上付き合うには、その旅行者本人が興味深い人間でなければならないのだが、そんな旅行者はなかなかいないものだ。

だから、バンダナ君ハッキリ君の2人と出会ったら、旅行情報の交換や旅行での協力が終われば、あっさり別れようと考えている。

飛行機の窓から薄茶色の大きな2つの川(メコン川とトンレサップ川)が交わるところに、小さな町が見えたと思ったら、すぐに着陸した。
ここがプノンペンらしい。

タラップを下りて、小さなターミナルへと歩く。
機内で配られた出入国カードと関税申告書2枚をハッキリ君が機内に忘れたので、彼が走って機内に戻る。
僕は彼の荷物を持って、待っている。

これはハッキリ君の間違いだ。
旅行に出たら、例えどんなに信用できそうに見える(僕のような)人にも、自分の荷物を預けるような無謀なことをしてはいけないのだ。

また僕も、本当は荷物を預かるようなことをしてはいけない。
その荷物を取られたら責任を取らなければならないのだし、荷物の中に入れていたものがなくなったと濡れ衣を着せられることも十分にあるからだ。
もちろん、危ないものが入っていれば、僕が罪をかせられる可能性もある。

ただここは入国審査前の空港だし、ハッキリ君の性格も見抜いているので、原則を曲げただけだ。

実は僕は、人を待つこともしない。

今回ハッキリ君を待っているのは、ホテルへ着くまで彼を利用できるからだ。

(旅行者論)

 

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