17:町をさっと見る

僕たちはまたバイクに乗って、ノロドム通りを北へ進んでいった。
すぐに右に入ると、左側に王宮らしい建物の屋根が見えてきた。
バンコクで見た王宮と、屋根の曲線が似ている。
バイクは王宮の左側の入口の前で止まった。

時間は午後4時40分。
門は開いているようなので、中に入って、切符売り場へ向かう。

「もう閉まりますよ。明日来て下さいと、窓口のお姉ちゃんがにこにこして言う。
「日本人ですか?」などと話しかけてきて、愛想がいい。
さっきのベトナム大使館前の兵士と言い、この女の子と言い、笑顔がきれいで、これだけですごく気持ちよくなるね。

さて、開館時間は午前8時から10時45分、午後2時15分から4時45分で、月曜日は閉まっている、ということであった。
僕は日曜日の午前にはプノンペンへ戻ってくるのだから、日曜日の午後をつぶすにはちょうどいい。
一人でゆっくり見ることにしよう。

王宮の前は広場になっていて、その向こう側は茶色の大きな川が流れている。
人が多くいるようなので、何かあるのかと、バイクで川まで行く。
自転車やバイクが多く止めてあって、屋台も出ているが、ただ川を見ているだけのようだ。
あとで調べてみると、ここがメコン川とトンレサップ川の合流点だった。

僕が一人で来ているのなら、ここで僕も川を見てぼんやりして時間を過ごすのだが、ハッキリ君と一緒にバイクを借りているし、ここで別れるとホテルの場所がわからないので、またバイクに乗る。

ここも日曜日にゆっくりしよう。

「ホテルへ行きますか?」と運ちゃんが聞くが、ついでだから、プノンペンの中心にあるセントラルマーケットを見ることを提案した。
「もう閉まってますよ」と返事が戻るが、なあに、ぼくはただ日曜日にうろつくところを見ておきたいだけだ。
途中で、国立博物館に寄って、開館時間を確認したところ、王宮と同じということだった。(しかし実際は違うので、この旅行記を引き続きよく読むこと)

セントラルマーケットはフランス風の白い丸屋根の、なかなか大きいものだった。
マーケット自体は閉まっていたが、マーケットの建物の回りに小さな店がびっしりとくっついていて、それらの店はまだ開いていた。

絵ハガキを売っている店を見つけたので、値段を聞くと、10枚セットで2ドルと言うことだ。
原則的には2〜3軒まわって値段を確かめてから買うのだが、絵ハガキは必要なものなので、値切ってみる。
ハッキリ君は、なかなか値切るのがうまい。
粘りがある。
僕が2セット、彼が1セットの合計3セットを買うから、6ドルを5ドルにするようにという、なかなか理屈の通った交渉だ。
しかし、値切るのはうまいが値段は下がらない。
ここでは定価販売なのかもしれない。(セットの絵ハガキは、他でもこの値段だった)

実は、無理にアンコールワットの絵ハガキをここで買ったのは、アンコールワットにアンコールワットの絵ハガキが売ってあるかどうかわからないからだ。

そんな馬鹿なことはないと考える人もいると思うが、土産物や絵ハガキが現地にはなくて大きな町でしか買えないということも、広い世界にはよくあるのだ。

ついでに、大きな地図も買った。
カンボジア全図と、プノンペン市街図と、アンコール遺跡群の地図が載っているきれいなものだ。
これも2ドル。
地図は旅行には絶対に必要なもので、ある町に着いたらまず観光案内所で町の地図を手に入れるのが基本だ。
で、この地図はいいお土産になる。
絶対に日本では手に入らないものなのだからね。

ホテルへ戻ることにした。
バイクに乗ったまま、ハッキリ君に大声で言う。
「いくら払う?」
約束ではベトナム大使館の往復で2人合わせて1ドルだ。
しかし、町中のめぼしいところをまわってもらったのだし、飛行機の切符を買う世話もしてもらった。

こういうときにいくら払うか、がなかなか難しい。
多く出せばいいというものではない。
ただ多く出すだけならば誰でもできるが、それは失礼だ。

相手の期待よりも少しおおめで、しかも(これが大切なのだが)ハッキリ君と僕とできちんと割り切れなければならない。
少額の金銭の貸し借りを清算するのは思ったよりも面倒なのだ。
ハッキリ君は「2ドル?」と、走るバイクの後ろから、僕に言った。
それはたぶん運ちゃんが僕たちに期待している額だろう。
「4ドル!」と僕が決めた。

僕も普段は「女に金は使わない」と言ってホテル代も割り勘にする本物の男だが、いざ出すという時にはドーンと出すきっぷのいいおじさんなんだよ。

この短い時間でベトナム大使館へ行って、飛行機の切符を買って、町の主なところをさっと見れたのだから、時間のない僕にとってはバイクの運ちゃんは神様みたいなものなのだからね。

ホテルの前でバイクを下りて、運ちゃんに「ありがとう」の言葉と4ドル渡して、とっととホテルへ入ろうとしたら、うしろでハッキリ君の声が聞こえた。

「トゥマロー、ユーカムヒア、セブンオクロック、モーニング」
階段を上がるハッキリ君に聞いた。
「君、明日もあのバイクでうろつくの?」
「ええ、今日みたいに一緒に使いましょう!」
「それは君一人でやってね。僕は貸自転車で動くから」
「西本さん、いいじゃないですか。一緒にバイクで行きましょうよ」
「まあ、明日決めたらいいさ」

僕はできるだけ一人で動きたい。
それはハッキリ君がいやだというのじゃなくて、旅行者の体質なのだ。

旅行者は明日のことを、できるかぎり決めないのだ。

だって明日には明日の、また新しい出会いがあるのだから。

 

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