18:キャピトルホテルのレストランにて

「明日には明日の、また新しい出会いがある」と書いたが、これは間違いだったので訂正しておこう。

まだ今日の夜があるわけなので、「今日の夜には今日の夜のまた新しい出会いがある」が正確だった。

部屋へ戻る途中、階段で降りてくるバンダナ君とすれ違った。
そういえば彼は何をしていたのだろう。
彼のこそこそしたいやらしい性格を考えると、きっと何か情報をつかんだに違いない。

話をしてみると、彼はまずプノンペンからバンコクの帰りのフライトの予約を再確認した。
それからホテル1階にあるレストランで、日本人旅行者と話をしていたそうだ。

なるほど!バンコクからこんなに近いのだから、日本人旅行者はうじゃうじゃいるに違いない。

どんなんかな〜?(どの程度変なやつがいるのかな)
どんな話をしているのかな〜?(どんなほらを吹いているのかな)
これは、これは、今晩はおもしろいぞ。(変なのがいたら潰してやる)

というわけだから、部屋についている水洗トイレに入って、膀胱に現存する尿をほぼ完全に排出した。
これは大切なことだから、皆さんも覚えておくように。
つまり、旅先で誰かと話をする前には、トイレをすましておくことが非常に大切なのだ。

なぜか?

知りたい人も知りたくない人もいるだろうが(知りたくない人はこの旅行記をここまで読んでいないと思うので)、説明してあげよう。

これから下のレストランで、何人かと話をする時に、僕はビールを飲む。
するとトイレに行きたくなるかも知れない。
しかし、話が盛り上がった時にその場を離れると、話は必然的にその場を離れた人の悪口になるのがこれが大自然の摂理である。
というか、これが旅行者業界の常識だ。

「おいおい、あいついろいろ聞いたふうな話をしているけど、嘘つきじゃないの?」

「よくいるんだよ、あんな馬鹿が」

「日本ではもてないタイプだよね」

「そろそろ足を洗って、仕事しないと野たれ死にだよ、あいつは」

「他にやることないんだろうね」

「あいつが詳しい国は、誰でも行くところだよ」

「あいつの旅行は本物じゃないよ」

「あいつの話はガイドブックにあるまんまだぜ」

「その同じ話を別のところで聞いたよ」

「マスコミ関連に勤めているってのは、新聞配達だぜ」

「金持ちだと言ってるけど、金持ちがこんな安宿に泊まるかって」

「顔が下品だよね」

「足が臭いと思うよ」

「包茎は間違いない!」

いっしょに楽しく話をしていても、トイレでほんの5分席を離れてしまうと、このように、いつの間にか「下品な足の臭い包茎野郎」にされてしまうことも珍しくない。

これを避けるためには、トイレに立たないこと。
そのためには、旅行者としては普段からの訓練が欠かせない。
できるだけトイレの間隔を長く取るように心がけなければならないのだ。

もちろん旅行者から悪口を言われるのを避けるためだけではなくて、トイレのない長距離バスに乗ったり、切符を買うのに2時間3時間並んだままでいることもよくあることなので、トイレに行かないのが旅行者の基本である。

もちろん、これは小便についての話だ。
いくら我慢しても、その結果、小便が出ないということはないので、いくら我慢しても大丈夫だ。
小便を我慢しすぎて小便が出なくなったら、それは病気なのですぐに病院に行くことを勧める。
普通は、どうしても我慢できなくい時は漏れてくるだけだ。

これを防ぐために大人用紙おむつをして旅行者同士の会話に参加するという話を誰かしていたが(西本という人だった。あれ、僕と同じ名前だ)、そんな人には実際には出会ったことがない。
ただ、それだけの覚悟をして旅行者の話には参加しろという教訓として聞いておくように。

また、大便を我慢しているうちに糞詰まりを起こすことは、これは特に女性にはよくあることらしい。
これは特に発展途上国を旅行している時は、そんなに心配することではない。
道端の屋台で適当なものを食べると、一晩中下痢が止まらないこともよくあるので、下剤を持って行く必要はないからだ。

というわけで、僕はトイレをすませて、顔を洗って、鏡の自分の顔を見つめて、「行くぞっ!」と気合いを入れた。

どんなやつに出会うかわからないが、必ず勝つ。

これから「旅行者同士の見栄の張り合い勝負」と呼ばれる、セパタクローと並んで、いま最もおもしろいスポーツに参加するのだ。

階段を下りていったん道に出て左に曲がると、そこがレストランだった。
中に入ると、白人旅行者があちこちに見える。
日本人旅行者はと見ると、隅っこに4人ほど固まっている。
目のすみで4人のタイプをさっと判断する。

素人旅行者が4人。
「3流大学生。夏休みを利用してインド旅行に出たが、カルカッタにいただけ、これでは恥ずかしいので、バンコクからの往復切符でプノンペンに来た。埼玉、秋田、岡山、と丹波笹山出身者。」

まるでロボコップの見る世界のように、目の前に旅行者の情報がどんどん出てくる。

この4人とは話しても意味がない。
馬鹿と話をするのは、時間の無駄だからだ。
それに4人掛けのテーブルに4人座っているので、仲間に入りにくいんだ。

まずゆっくり観察すればいい。
僕はレストラン全体を見回せる壁際のテーブルに席を取り、メニューを見る。

タイガービールの缶が2500リエル、ビーフ焼き飯が3000リエルとある。
いままでドルしか使ってないのでカンボジアの通貨がリエルであるのを初めてここで知った。
聞くと、レートは1ドルが2500リエルで、このレストランで替えてくれるが、もちろんこのレートでドルキャッシュ払いできるとのこと。

ビーフ焼き飯はピンク色で気持ち悪いが、味はなかなかだ。
食べていると「ピンク色ですか〜」という声が聞こえた。

さてこの声は誰だろう、それは次回のお楽しみね。

(レストランにて)

 

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