《涙の片道切符(one way ticket)》(2000/january)

 

1)金持ちはマイレージを利用し、貧乏人はそれを語る

世の中は、マイレージ、マイレージと、やかましい。
ところで、マイレージとはいったいなんだろう?

実は、僕はよくわからない。
わからないことは、手を出さないのが正しい。

よくわからないまま、流行に乗って、マイレージとかいうものに手を出すと、きっと商品相場といっしょで、いつのまにか全財産をなくしてしまうような気がする。

ところが、恒例になった一年に一度の「LA参り」で、かなり昔、大韓航空に乗った時、機内のスクリーンでスカイパス(大韓航空のマイレージプログラム)の案内を見た。
そのなかで、「スカイパスプログラム参加ご希望の方は、客室乗務員にお申し出ください」と言っている。
そして、乗客の誰もが、それを聞き流している。

僕は世界旅行者として、世の中ほとんどすべてのことに、とにかくひとこと、気の利いた口をきける。
それは、僕が「新しい経験が出来る機会は絶対に逃さない」というところから来ている。
だから、スカイパスというマイレージプログラムに興味があるにしろないにしろ、「機内でスカイパスを申し込む」という機会は、絶対に逃してはいけない、と決意した。

ま、僕は時々、あまり意味のないことを決意してしまうんだが、決意したら、その5パーセントくらいは、必ず実行する、すごい人間だ。
決意を覚えていれば、の話だけれどね。
スカイパスの申し込みは、決意したその場で実行することになるので、忘れるはずもない。

そこで、韓国人の若いスチワーデスさんを呼び止めて、「スカイパスに申し込みたい」と頼む。
すると、いままで宣伝はしていても、機内でスカイパスに申し込むような無謀な客などはいなかったようで、スチワーデスさんは、ちょっと困ったような感じで引き下がったまま、しばらく戻ってこなかった。

僕は「あのスッチーは夜逃げしたのかな」と思いながら、ウィスキーを飲んでいた。
すると、かなりの時間が経って、そのスッチーが戻ってくる。

「日本語の申し込み用紙がないので、韓国語ですが」と、彼女は日本語で言う。
「韓国語じゃわからないから、ボクいいです」と返事をすると、「私がお手伝いします」とのこと。

そこで、この韓国人スチワーデスは、アイルシート(通路側の席)の僕の横、機内の通路に、韓国風に片方のひざを立てて座り、彼女の手のひらを僕のひざに乗せて、僕の方にぐっと身体を寄せて、耳元でささやくように、ここが住所よ、そこが電話番号なの、とやさしく記入個所を説明してくれた。

僕は若くて美人の韓国人スチワーデスとぴったりと身体を寄せ合って、ちょっと変な気分になってしまった。
噂に聞くキーセンパーティも、こんなものなのだろう。
つい、自分の股間を指差して、「これはなんていうのかなー」などと言いたくなったが、それはさすがに自制した。

こうしているうちに、なんとなくスカイパスの申込書が出来上がり、スチワーデスがそれを持ち去った。
で、僕としては、もちろん、それ以後、スチワーデスさんの甘い香りの記憶のほかは、申し込んだこと自体を忘れていた。

しばらくすると、日本の僕の住所に、スカイパスのカードが送られてきたが、それも、どこかに仕舞い込んだままになった。

申し込んだLA行きのフライトのマイレージは登録されていたが、帰りのLAから成田へのマイレージを登録する方法も知らず、そのまま放っておいた。

その後も、大韓航空でLAと成田を往復したことがあったが、マイレージは登録しないまま月日が過ぎる。

 

そのうち、いろんな雑誌で航空会社のマイレージプログラムを特集するようになった。
このころは、パソコン通信の大手ニフティサーブがあっけなく潰れる前、まだ世間知らずがたくさんいて、にぎやかだった古きよき時代だ。

すると、あちこちのフォーラムの旅行関係の会議室で、「マイレージ、マイレージ」とお経を読むような声が響き始める。
旅行経験のほとんどない人たちが、雑誌に書いてあった記事を読んで、マイレージがわかっていると旅行通になれる、と大きな勘違いをしたらしく、マイレージオタクが発生してきたのだ。

僕は、もちろん日本でただ一人、本当に本物の世界旅行者として、これらの発言に、機会がある毎に反撃を加えた。

だって、マイレージを利用すると、利用する航空会社の選択の範囲が狭くなる。
海外旅行の楽しみの一つは、旅行のたびに違ったエアラインを使って、食事やスチワーデスさんの制服、サービスなど、その違いを楽しむことにもあるはずなのだから。

また、マイレージを登録するために、わざわざ高い航空会社を選ぶ人も出てくる。
今では、安い切符は本当に安いので、高い航空会社を使ってアメリカ往復をするくらいなら、その一度飛ぶ値段の差で、東南アジア程度なら簡単に飛べる。

多くのマイレージを獲得するという目的で、例えばヨーロッパへ行くのに、わざわざアメリカ経由にして、長時間飛行機に乗り、それを自慢するという、変態的な人まで出現する。
飛行機に乗ること自体が好きな、飛行機に乗るとあがってしまう、たかが短大出のスチワーデスにあこがれる、時代遅れの田舎者諸君だ。

こういうお馬鹿な努力をして獲得したマイレージを使って、やっと近場の東南アジアへの航空券をゲットしても、一人旅が出来ない人もいるし、もともと東南アジアが好きじゃない人もいる。

結局、マイレージを溜めても、何の利用価値もないまま、マイレージを溜めること自体が目的になってしまうのだ(これをマイレージジャンキーと呼ぶ)。

マイレージ云々とは、旅行の本来の在り方に無知な旅行雑誌編集者諸君と、頭の悪い三流旅行者諸君が、本当の旅行から逃避して、意味のない知識を見せびらかして、自分の貧弱なエゴを満足させようと、無理にでっち上げた幻想だ。

もともとマイレージとは、狙って集めるものではなくて、金持ちやビジネスマンが、自然に海外旅行をして、自然に買い物をして、自然に高級ホテルに泊り、自然に大手レンタカーを利用して、その結果、気が付かないうちに溜まってしまう、というのが本来の在り方なのだよ。

はっきり言うと、もともと貧乏人には縁のないものなのだね。

ただ、貧乏人に限って、自分に縁のないマイレージにあこがれるものだ。
だから、マイレージの知識に詳しくて、マイレージのことをごたごた話す人間に出会ったら、「このー、貧乏人!」と呼びかけて欲しい。
まず、当たっているはずだ。

外れていた場合、つまり相手が金持ちの場合だが、本当の金持ちは貧乏人といわれて喜ぶものなので、少しも傷つかない。

誰にも迷惑をかけないので、是非試して欲しい。

 

というわけで、マイレージに反対の立場の僕が、大韓航空のマイレージを登録し始めたのは、スカイパス会員になって50年程度たった1998年、ごく最近のことだった。
もちろんそれには、ちゃんとした理由があったのだ。

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the mileage program is for the rich,
the poor only speak out loud noises about it.


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