《西から昇ったお日様が東へ沈む…って、オイ、地球の歩き方、それはナイのだ!!》

世界の片隅で起こった事件がすぐに国際的に報道される現代でも、地球上にはまだまだ不思議なできごとが満ち満ちている。
また、旅先では予測出来ないことが次々に起こる。

だから旅行者の経験は一人一人全く違っていて、そのズレがとてもおもしろい。
そのはずなのだが、旅行者を自称する連中の中に、最近どうも話のおもしろくない、どこかで聞いたようなことを話すタイプが増えてきた。

それを不思議に思っていたが、最近やっとその理由が判明した。
話の面白くない自称旅行者は、実際の旅行はせずに、ガイドブックや旅行記のいいかげんな話を受け売りして旅行通を気取っているだけだったのだ(なーんだ)。

僕ほどの旅行経験があると、旅行関連のいいかげんな話をちょっと読んだり聞いたりしただけで「おかしい!」とピンとくる。

この感覚は、そう、処女や童貞の中学生が雑誌で読んだエロ話を自慢気に話しているところに、乱交パーティで朝帰りの女子高生が通りかかった状況を想像すればわかりやすいだろう(つまり、腰がふらふらして、話すのもかったるい)。

さて、日本人旅行者が必ず持っているガイドブックが「地球の歩き方」で、この本については頭が痛くなるくらい、すでにいろんなことが言われている。
「地球の迷い方」とか「地球の騙し方」とか、みんなもよく知っていることだろう。

もちろん本格的旅行者の定番はロンリープラネットの英文旅行ガイドなのだから「歩き方」がなにを書いていようと関係ないといえば関係ない。
それに正直言うと「歩き方」についてのこれまでの批判は的はずれなのだ。

単に物価が全く違っていた、紹介してある店がなかった、ホテルの住所が間違っていた、親切だと紹介されたホテルのオーナーが強姦犯だった、ビザの情報が嘘だった、地図が全然信用出来ない、危険な場所を安全だと言った、行ったことのない町の案内を空想で書いていた、はじめから無理な旅行ルートを推奨していた、という程度の、まったく罪のないものなのだから。

有名なLAの安宿、ホテル加宝は英語名をCARVERと言うのだが、同じ電話番号なのに「歩き方」には二軒の全く別のホテルとして長く掲載されていて、マネージャーはいい宣伝になると喜んでいたくらいだ。

だから本格的な長期旅行には使えないのだが、「歩き方」には「歩き方」の重要な使用法があって、それは決して無視出来ない。
「歩き方」には日本人と出会える場所が書いてあるのだ。

僕がアルゼンチンへ密入国(これもとんでもない話だよ)してしまって、その相談のためにブエノスアイレスで日本大使館を捜していた時、「歩き方」に書いてある住所へ行ったところ、そこには半分予期していたとおりに建物自体が存在しなかった。
住所が間違っていたわけだ。
しかしその近所をふらふらと歩いていると、近くのビルのガードマンが親切に日本大使館の本当の場所を教えてくれた。

つまり、住所が間違っていても、そこには日本人がよく来るので、近所の人もどうすればいいのか知っている。
この時は本当に「歩き方」に感謝したものだ。

また日本人は(かわいい女の子を除いては)世界中で人種差別され馬鹿にされる立場で、白人だらけのホテルに泊まると無視されたりいじめられたりする。
すると泣きながら日本人の多いホテルに逃げ込むことになる。

「歩き方」にあるホテルに行けば必ず日本人がいるから、これも役に立つ。
さらに旅先で観光客の日本女性をナンパする場合にも使えるんだ。
「歩き方」を手にしてぼーっと歩いているのが日本人だから、見分けるのは簡単だ。

世の中を完全に調べるなんてことは出来ないのだから、書いてあることがちょっと違っていたくらいで「歩き方」を批判してはいけない。
実は「歩き方」は地球史的な大事件を、ごくさりげなく報告している。

例えば、インカ帝国の古都クスコのインティライミ(太陽の祭)の説明で「南半球では日は西から昇り東へ沈む」とハッキリ書いてあった。

なるほど、南半球では北半球とはなんでも逆におこるのが世の中の常識だ。
僕は南米旅行中にこの話を読んで、わざわざエクアドルの首都キトの近くにある赤道上のモニュメント「ミタデルムンド」へ行ってみた。
地面には赤道を示す線が引いてある。
ここで赤道をまたいで空を仰げば、「歩き方」の言う西から昇った南半球の太陽と東から昇った北半球の太陽が一度に見れると考えたのだ。

僕は覚悟を決めてヨッコラショと赤道をまたいだ。
しかしなにも変化はない。

不思議だ。

そこで僕は「歩き方」の編集部へ、南米から問い合わせの手紙を書いた。
しかし返事がないまま、なぜかその後この話はひそかに削除されていた。

僕が推定するところでは、1990年頃に、南半球ではそれまで西から昇っていた太陽が東から昇るような大変動があったらしい。

旅行には使えなくても「歩き方」を読めばこんな素晴らしい発見もあるのだから、旅の途中で破って捨ててはだめだ(ただ、「太陽の話」は人にしない方がいいと思う)。

(スーパーニューズマガジン「GON!」1996年6月号掲載)

kenichiro.nishimoto(c)1996

「みどりのくつした氏とは」

朝日ジャーナルや週刊文春で紹介されたチョー百カ国世界旅行者。真の旅行の伝道者を自負。パソコン通信ニフティサーブの某旅行フォーラムで旅行の真実を暴いて会員削除。参加するフォーラムは次々と閉鎖に追い込まれる伝説の旅行者。世界旅行者協会会長

[次のエッセイを読む][目次へ]