『世界旅行者の100フラン札を、誰も受け取らない、その謎とは?』

【新聞スタンド前の世界旅行者@ダカール/セネガル(2001)】
僕は、西アフリカのセネガル、その首都ダカールの空港に着く。
そして、海外旅行は初めての美人女子大生さんと一緒に僕は空港ロビーに足を踏み入れた。

この女子大生さんの名前を仮に「外見純子(そとみ・じゅんこ)」さんとしておこう。
というのは、彼女は外から見た感じ、純情に見えたからだ。

さてホテルも予約せず出迎えも頼まず、実はほとんど情報もない。
なぜ情報がないかというと、僕は有名な英文ガイドブックlonely planet社の「West Africa」を持ってきているのだが、読んでいるようでいて、実は字面を追っているだけでなんにも頭に入っていなかったからだ。

それにガイドブックというものは、正しいこともたまに書いてあるが、必ず間違った情報もある。
どうせたいして役に立たない。

今ある情報は、先ほど別れたNGOの女性が「タクシーは町まで3000フランですよ」と教えてくれたことだけだ。
しかし、タクシーに乗るには、お金がかかる。

そしてセネガルのお金は、セネガル、マリなどの旧フランス領西アフリカ諸国で共通に使用されているセーファーフラン(CFA)だ。
このセーファーフランは、この時期、フランスフラン(FF)に対して1FF=CFA100の固定相場をとっていた。

それで僕は、西アフリカ旅行のためにフランスフランのトラベラーズチェック(T/C)を用意していた。
その他1996年にパリにいたときに使い残した100フラン札が一枚ある。

もしフランスフランがそのまま通用するなら、100フラン札は1万CFAで使えるはずだ。
フランスフランのレートは、ずっと1FF=20円見当だった。

だが、2001年の春は17円程度まで安くなっていた。
つまり1700円。

これだけでもちょっとした使い出はあるだろうからね。
お金の両替をしようとあたりを見回すと、空港ロビーのど真ん中にちゃんと銀行が存在した。

しかし銀行の前には、なにやら書類を持った黒人の皆さんが長い列を作っている。
そしてその列は進んでいる様子がない。

僕はちょっと焦った。
こういうことを手際よくすんなりとやり遂げないと、一緒にいる女子大生さんの僕への信頼がググッと下がるからだ。

しかし海外旅行のいい点は、困った雰囲気で立ちすくんでいると必ず助けが出てくるところ。
このときも制服を着た身体の大きな黒人が話しかけてきて「両替なら、二階でやってるよ」と教えてくれた。

空港ビルの二階へ歩くと、そこには確かに両替所があるが、なんとなく胡散臭い雰囲気がする。
僕はそこで両替せずにタクシー乗り場へと向かう。

まずは手許のフランスフランで、町までタクシーに乗ろうと考えたわけだ。
次々に声をかけてくる怪しげな黒人諸君を無視して、空港ビルを出て右に曲がった突き当たり、正規のタクシー乗り場へと向かう。

看板には「3000フラン」と、書いてある。
が、なにやら薄く白いペンキを上から塗って、見えにくいように細工がしてある。

なかなか芸が細かいね。
僕はタクシーを指差して「トロワミル(3000)フラン?」と声をかける。

「値段を知ってるのか。仕方ないな〜」という雰囲気で、それでいいとの声がかかる。
僕は100フランスフラン札を見せて、これでいいかと聞く。

すると「それでは駄目だ。セーファーフランだ」との声が返る。
フランスフランは直接使えないみたいだよ。

仕方なしにまた二階の両替所へ戻って100フラン札を出すと、首を振って替えてくれない。
あんまり低額の両替は拒否されることもあるので、そのせいかと思って50ドル札を出した。

これが33500CFAに換わる(1ドル=670CFA)。
両替した一万フラン札が3枚なので細かくするように頼むと完全に無視される。

西アフリカの最初の印象は、あんまりよくないね。
でもまあ、金さえあれば、タクシーには乗れる。

タクシー乗り場に戻って、また3000フランの料金を確認して(ここからは、フランといえばセーファーフランのことです。100CFA=17円と考えてください)、タクシーに乗り込みやっと走り出す。

これだけでも行ったり来たり、なかなか体力も神経を使った。
「タクシーというのは観光客に吹っかけるのが仕事ですから、注意しないといけないんです。3000フランと決めても、一人3000フランだなんか言うやつもいるんですから」と、女子大生さんに説明する。

「そんなことはないでしょう」と、世間知らずの純子さんは答える。
するとタクシーの運転手が振り向いて「一人3000フラン、二人で6000フラン!」と大声を上げた。

おいおい予想通りミエミエのボリ方だね。
僕は「二人で3000フランだ。タクシーを止めろ、降りる!」と大声を出す。

すると「これが公定料金だ」との答え。
僕は「公定料金で、警察へ行こうか?」と突っぱねる。

ガイドブックをぱらぱらとめくって、町の中心が「Place de l'Independance(独立広場)」だと調る。
「プラスドランデパンダンスへ行け!」と指示をする。

タクシーは、なかなかきれいに舗装された広い通りを、猛スピードで走り続ける。
「いやはや、いろんなことがありますよ」と、ちょっと汗をかいて外見さんに話しかける。

彼女は「西本さん、私は結構楽しんでますよ〜♪」との返事だ。
まあそうだろうさ。バタバタしているのは僕だけなんだから。

ここで、僕は、海外旅行の基本を、外見さんに説明し始めた。
「海外旅行では、どんなにひどいところでも、最初に行ったところが好きになるものです。純子さんは、最初に来たセネガルが好きになるかもしれませんが、ここよりヨーロッパのほうがずっといいので、簡単に好きになっちゃいけませんよ」と、説教をする。

ま、年齢をとると、若い人に説教したがるのが悪いところだね。
しかし、わかっちゃいるんだけれどやめられない。

これが、本当に歳を取った証拠かな、と心の中で反省する。
でも反省はしても、説教というのはなかなか楽しいものだから、さらに続けた。

セネガルの黒人はフランス語もしゃべるし、ほっそりとして背も高く格好いいいけれど、貧乏だしエイズも流行しているのでセックスしては駄目ですよ、とかね。
まあ、いいおせっかいだよね。

30分ほど走っただろうか、タクシーは建物群の細い道に入り、中心が近い雰囲気になる。
僕はあわてて、今夜のホテルをガイドブックから探し始める。

独立広場に近い比較的安いところが「ホテル・プロバンサル」なので、プロバンサルを指定する。
タクシーは細い道を走りホテルの横を通り過ぎたあとで、独立広場で止まった。

僕は料金の3000フランと、ご祝儀というかチップというか、余っていた500フラン札を渡して、外見さんと一緒にプロバンサルホテルへ入る。
すると運転手が「二人だから6000フランだ!」と追いかけてくる。

そこで僕も、運ちゃんがこれだけ言うということは、二人だからちょっと色をつけなければいけないのかな、と思ってしまった。
これが、世の中はいろんなことがあるとわかりすぎている世界旅行者の弱点なんだよ。

ここは単純に3000フランで突っぱねればよかっただけなんだけどさ。
ホテルの受付の黒人男性と一緒に話をして、タクシー代を4000フランと決めた。

ところが、僕は1万フラン札だけで千フラン札がない。
ホテルの男性も、なぜか一万フラン札を千フランに交換してくれない。

ダカールというところは、わけのわからないところだね。
しかもホテルには今日はダブルの部屋しかなくて13800フランだという。

ホテルに泊まることにして1000フラン札をもらい4000フランを運転手に支払う。
ホテルのレセプションに、僕の100フランスフラン札を換えてくれというとここでも断られる。

フランスフランはそのまま通用するはずなのにおかしいな、と不思議に思う。
すると純子さんが「西本さんのお札は、私のと違いますよ!」と言う。

彼女が見せてくれたのはいやに派手な色のフランスフラン札だ。
どうやらフランスフランの図柄が新しくなったらしく、僕のは古い札なので使えないらしい。

日本では古い札でもそのまま通用するのだが、フランスフランの場合、切り替わったが最後使用できないのだとか(翌日銀行へ行って確かめたら、やはり受け取ってもらえなかった)。
いやはや旅に出るといろんなことが起きて、いろんなことを学ぶね。

まあ、旅で学んだことは、ほとんどは役に立たないのが哀しいけどさ。
一段落着くと、外見さんは「西本さんってすごいですねー。フランス語がペラペラで、あんなにしゃべれるなんてびっくりしました!」と、心からの感想を述べる。

僕は「えっ、何がすごいんですって?」と、聞き取れなかった振りをして問い返す。
その理由は、もちろん、ほめ言葉はいつ聞いても何度聞いてもうれしいので、繰り返してほしかったからだよ。

純子さんは、僕がダブルの部屋を取ったのを知って、「ダブルだと二人で泊まらなきゃいけないんですか〜ん?」と僕にささやく。
その濡れた瞳には、ある種の覚悟が見られた。
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20090308