《世界旅行者は、国際列車に乗り込んで、ビールを飲み始める》

ダカールからバマコへの国際列車は土曜日午前10時に出発の予定だ。
時刻表では翌日の午後3時半にバマコ到着で約30時間の旅。
しかし西アフリカで列車が予定通りに運行されると信じることはもちろんできない。
うまく行って40時間、ちょっと遅れて50時間。
下手をすると永遠にバマコに到着しないかもしれない。
僕はその寝台車の切符を持っている。
しかし僕はまだ列車に乗るかどうか決めてない。
1999年にパキスタンのペシャワールからクエッタまで乗った「クエッタエキスプレス」。
その2泊3日の悪魔のような経験が僕の行動を縛る。
セネガルとバマコを結ぶ国際列車は、昔は確かに西アフリカの花形交通機関だったようだ。
数年前までは日本からの高額な西アフリカツアーに、この列車での国境越えが組み込まれていた。
しかし今はどのツアーにもこの列車の行程は入っていない。
日本人の西アフリカツアーともなれば、参加者もなかなか旅慣れた人たちが多く、使えるものならこの国際列車は絶対に使いたいはずだ。
使いたい列車が最近使われてないという意味は「使いたくてもとても使えない状態だ」と考えるのが正常な推論だろう。
その実際を見ないで乗り込むと、本当に命にかかわることになるかもしれない。
無理して列車に乗ったところで、何の意味もない。
僕ももう結構な年齢で変に無理をすることはないんだ。
だから一応列車に乗る準備はして駅へ行くが、雰囲気がおかしかったら乗るのをやめて引き返すつもり。
僕は朝5時に起きて荷物をまとめ、残ったワインを飲み干して恐怖感を少し抑えた。
ホテルのレセプションには「駅へ行くけど、帰ってくるかもしれない」と言ってチェックアウトする。
スーパーマーケットでミネラルウォーターとチョコレートを買う。
水とチョコレートがあれば数日は生きていけるだろうからね。
駅へ向かう道の両側に広がる路上マーケットで、さらにバナナを買い込む。
駅へ着いたのは午前9時ごろだったが、改札口にはものすごい人だかりがしていた。
僕は指定席券を持っているのだからあわてる必要はない。
が、この指定席券が本当に指定席なのか、読解不能でそこに不安がある。
改札口の混雑から少し距離を置いて、スーツを着た小柄なフランス人のようなアラブ人のような40歳くらいの男性を見つけて話しかける。
「僕は寝台車を予約したんですが、この切符は正しいでしょうか?」ってね。
すると彼は「これでいいですよ。僕も寝台車に乗ります」との返事だ。
彼の名前はモハメッド、態度は紳士的で穏やか、信頼できそうだ。
それで僕はこの瞬間、列車に乗り込む事に決めた。
彼のあとにくっついて「これからはなんでもかんでも彼に頼ろう!」と決意する。
ゲートは9時ちょっとすぎに開き、モハメッドと僕は長い列車の先端へと足を運ぶ。
後ろの方には2等の客車が長く連結されていて、そこには乗客がわれ先にと押し寄せている。
先頭の寝台車に乗り込むと車掌が部屋を指示してくれる。
寝台車はコンパートメントに分かれていて、一部屋に上下二つずつの4つのベッドがある。
モハメッドは隣のコンパートメントに入り、僕は次の201という2号室の下段のベッドを指定された。
一人で一部屋占領できるかと期待したが、続いて黒人が入ってきて向かい側のベッドに座った。
彼はニジェールのジャーナリストだという。
最近日本人に会ったと、ノートを広げて日本人の住所と名前を見せてくれる。
正直これは怪しい。
いったい本当のジャーナリストが、出会った日本人旅行者の名前と住所をノートに書いてもらって、それを別の日本人旅行者に見せるだろうか?
それじゃ観光地によくいる詐欺師泥棒じゃないか。
かなり怪しいが、適当に聞き流す。
すると続いていやに派手なシャツを着た背の高い中年の日本人が部屋に入ってきた。
彼もずいぶん怪しげだ。
絶対に普通の日本人ではない。
まあそれを言い出したら、僕だってかなり怪しいんだけどさ。
列車はもちろん、予定の10時を過ぎても動きださない。
この日本人男性と一緒に寝台車の次に連結されているレストランカーへと入り、さっそくビールを飲み始めた。
このビールは「CASTEL」の大瓶。
これでたったの800フランだ。
これはなかなかキモチいいね。
彼はスペインに長く住んでいて、ちょっと暇ができたのでセネガルへ来たそうだ。
寝台車の切符は今朝、乗り込む前に駅の窓口で購入したのだとか。
旅は道連れ。
彼の名前は「窓立度住人(まどりっど・すみと)」さんとしておこう。
なかなか話も面白いしビールも飲めるし、旅慣れてもいるようだ。
二人で話が弾み、ビールを飲みつづけて、これならなんとかバマコまでは行けるかもしれないと思い始めて、時計を見ると午後1時半。
しかし窓の景色に変化はない。
だって列車はダカール駅に停車したままなんだから。
なんと9時半に乗り込んで午後1時半まで4時間も、列車は駅からまったく動いていないんだ。
理由を聞くとどうやら「別の列車が脱線した」とか。
このまま夕方まで動かなかったら、これはもう列車に乗るなというお告げだろう。
ホテルへ戻ってマリ行きを諦めようと覚悟する。
するとそのとたん午後1時31分、列車はダカール駅を離れて動き出した。
寝台車のコンパートメントは、ベッドが二段になっている上に、窓が小さく汚れていて、外がはっきり見えない。
結局ほとんどの時間をレストランカーで、ビールを飲みながらすごすことになった。
隣のコンパートメントのモハメッドも、一緒の部屋になったフランス人ザビエル君と一緒に参加した。
酒飲み4人でなかなか盛り上がる。
【写真】国際列車の食堂車でビールを飲む
【旅行哲学】旅をすればだいたいは面白い人に会うもの
http://d.hatena.ne.jp/worldtraveller/20070127